第七章(後編) 保身の結婚:空席の写真
結婚式当日、私は少し早く写真館に入った。
鏡台の前で美希がヘアメイクを受け、秀樹は襟元を落ち着かない手つきで直している。
――せめて今日くらい、誰も欠けないで。
美希方は結局、母親しか来なかった。
美希の他の兄弟は仕事で欠席。
祝いも電報も花もない。
出席した母親すら、娘の美希とよそよそしい。
しかもこういう場で話題になるのは、娘のことだろうに、この母親ときたら、自分の仕事や趣味の話ばかり。
美希が支度中のどが渇いたと言っても、動かず、ユキがお茶を買いに行っていた。
開始十分前、私のスマホが震えた。
『清子、すまん。急ぎの仕事が入った。取引先でトラブルだ。今日は行けない。あとで写真、見せてくれ』
整った言い訳の文面。
よりにもよって息子の結婚式に、しかも結婚を言い出したのは、茂のなのに。
言いたいことは沢山あったが、私は言葉を飲み込んだ。
「……そう。分かったわ」――自分の声が他人のものみたいに冷たかった。
私は
秀樹や美希の母親に事情を説明。
秀樹は、
「父さん、こんな大事な時に仕事なんて、何考えているんだよ。」
と落胆していた。
美希の母親は対して、気にも留めてない様子だった。
「新郎新婦、まいりましょう」――カメラマンの声。
廊下でスタッフが確認する。
「ご両親は……今日はお母さまだけで?」
「はい。夫は仕事で」
「では新郎お母さまとのお写真から」
胸のどこかがカチリと硬くなった。
スタジオの白が目に痛い。
「もう少し寄って――そう、その距離感で」
「次はご家族で。……お父さま不在……お母さま、中央へ」
空いたスペースが写真の真ん中にぽっかり開く。
一歩前に出る私。美希は唇をわずかに尖らせ、すぐ笑顔を貼り直した。
「えー、社長……来ないんですか、やっぱり」
“やっぱり?”とカメラマンが聞き返し、彼女は笑ってごまかす。
美希にとって、茂が来ないことは最初から想定内のようだった。
メイク直しの合間、美希の指は慣れた手つきでスマホを操る。
通知に浮かぶ名前までは見えない。ただ、やり取りのテンポが距離の近さを物語る。
秀樹は気づかない。緊張でこわばった笑顔のまま鏡を見ている。
最後のカット。
「指輪交換風で――はい、良いですね」
シャッターごとに私は心の引き出しへ、音のない石をしまう。
“見本”の饅頭。欠席した父親。『やっぱり』の一言。
秀樹と美希の結婚で体裁は整った。けれど、これからの未来に暗雲が漂っているように感じた。




