表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家族の影  作者: hoku love
8/12

第一部 第七章 保身の結婚 前編 顔合わせ

夫の視線が、息子の嫁で止まった。老年の妻は沈黙で家族を守れるのか――壊れていく形の中で小さな灯りを探す物語。

茂の「形を整えよう」は、すぐにでも実行となった。

秀樹は戸惑いを隠せず、美希は「私、正式にしてもらえたら安心します」と小さく頷く。

ユキは椅子の背にもたれ、「それ、父さんの保身でしょ」とだけ言って箸を置いた。

私は、喉の奥に小さな石をひとつ飲み込んだみたいに、言葉が通らなかった。


夕食の後、茂は当たり前のように言い出した。

「親戚筋の目もある。いっそハワイで式をやろう。盛大にな」

私は即座に首を振った。

「反対よ。私は一銭も出さない」

茂は表情を変えず、ユキに向き直る。

「お前からも母さんを説得してくれ」

ユキは乾いた笑いをひとつ。

「誰のための結婚よ、父さんが説得しなよ。」

ハワイの話は、そこでいったん尻すぼみになった。

「母さんが協力しないなら仕方ない」

茂はそう言い置き、フォトウェディングに切り替えると決めた。

「今時なら、フォトウェディングでもいいかもな。秀樹は2度目だし。」

その言葉に、私は返す言葉を失う。



それでも結婚話は着実に進んだ。


「向こうのご家族と一度、顔合わせを」

言い出したのは茂で、段取りをしたのは美希。

美希の提案で駅前のファミレスに決まる。

彼女の母は旅館勤めで長居ができないという。


昼下がり、窓際の席に水滴の輪がいくつも並ぶ。

少し遅れて、黒いジャケットの美希の母が現れた。

席に着くなり腕時計を見て、短く頭を下げる。

「すみません、すぐ戻らないと」


「これ、どうぞ」

差し出された紙袋の口を開けると、温泉饅頭の箱に赤いスタンプ。

――見本。

旅館の売店で客に見せるサンプル。

「忙しくて、買いに行けなくてね。味は変わらないから」

悪びれない口調に、茂は「お気遣いなく」と笑ってみせ、秀樹は所在なげに頷く。

私は会釈しながら、喉がひりついた。


花嫁の母の手土産が“見本”――この結婚は、本当に大丈夫だろうか?


「うちの子、昔から体が弱くて。よろしくお願いします」

挨拶もそこそこに美希の母親は時計を見て立ち上がった。

テーブルには水滴の輪だけが残る。


階段を下りる背中越しに、美希の小声が零れた。

「だから言ったでしょ、母は、こういうのむかないって」

「仕方ないよ」秀樹の声は小さい。

耳の奥で、見本の赤が、点滅し続けた。



老年の妻・清子は、年下の夫・茂、息子・秀樹、娘・ユキと暮らしてきた。息子の離婚を機に現れた新しい恋人・美希は、幼少期の孤独と病を抱え、やがて茂と共振する。家族の食卓に走る一言の嫉妬。会社での“二人席”。親戚や街に広がる「どっちの嫁?」の噂。疑念は確信へ、しかし息子は「真実を知れば生きていけない」と震える。清子は沈黙を選び、娘と二人で小さな暮らしをはじめる――利害で離婚しない現実と、灯りのような救い。家族をめぐる倫理と愛の境界を、静かな一人称で描くヒューマンドラマ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ