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家族の影  作者: hoku love
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第一部 第三章 昼休みの二人席

茂の会社を手伝いに行ったのは、久しぶりのことだった。

「ちょっと忙しいから来てくれないか」

そう頼まれたとき、胸の奥で小さく波が立った。

――まだ私を必要としている。

そんな錯覚のような安堵が、私を動かした。


午前中は伝票整理や電話応対で慌ただしく過ぎた。

コピー機の音、電話のベル、従業員たちの笑い声。

久しぶりに会社の空気を吸い込みながら、私は懐かしさと同時に、何か居心地の悪さも感じていた。


やがて昼休み。

それぞれが弁当を広げ、アルミホイルを外す音が一斉に響いた。

「今日は母さんがいるから心強いね」

秀樹が冗談交じりに声をかけ、従業員たちも笑った。

その笑顔に、私は少しだけ救われた。


けれど次の瞬間、茂の声が場を裂いた。

「俺と美希は、先に店に行ってる」


「え?」

思わず顔を上げると、美希が当然のように「はい」と頷いた。

二人は肩を並べて出ていった。


残された私と秀樹、数人の従業員。

重い沈黙が落ちた。

やがて誰かが、遠慮がちに口を開いた。

「……奥さん、大丈夫ですか?」


私は慌てて笑みを作った。

「ええ、大丈夫よ」

声は震えていなかっただろうか。

頬の筋肉がこわばり、笑顔がうまく作れなかった。


後を追い、店に入ると、すぐに目に飛び込んできた。


奥の二人席。

茂と美希が並んで腰掛け、メニューを覗き込みながら笑っている。

二人掛けの椅子に、自然に並ぶ姿。

まるで親子でもなく、まして上司と部下でもなく――。

そこにいたのは、夫婦のように寄り添う男女だった。


私は立ち止まり、視線を逸らした。

けれど耳に届く笑い声は、私の胸を冷たく締めつけた。


カウンターで注文を待つ間、従業員が気まずそうに私を見た。

誰も言葉にしないが、皆が同じことを考えている。

「社長と息子の嫁。奥さんは気づかないのか」

そんな目だった。


昼食後、私は茂に切り出した。

「どうしてあの子と二人で行動するの? 周りも変に思ってるわ」


茂は箸を置き、少し笑った。

「お前は大げさだな。俺は会社を守るためにやってるんだ。

 若い子には夢を見せてやらないと、人はついてこない。

 美希だって、将来性のある人材だ。俺がそばにいてやる価値がある」


“夢を見せる”“育てる”。

一見もっともらしい言葉。

けれど私の耳には、ただの言い訳にしか聞こえなかった。


「……それは、保身にしか聞こえないわ」

気づけば口から漏れていた。


茂の目が一瞬だけ鋭く光った。

だがすぐに目を逸らし、新聞を広げて話を打ち切った。

――これ以上突っ込むな。

その沈黙が、逆にすべてを語っていた。


その夜、布団の中で天井を見つめながら思った。

周囲からの視線、従業員の言葉、二人席の光景。

どれもが私の心に重なり、疑念はもはや確信に近づいていた。


――茂は、夫であることをやめ、ひとりの男として美希を見ている。


その現実を受け入れた瞬間、私は深い闇に落ちるような感覚に襲われた。

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