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家族の影  作者: hoku love
第二章 秀樹の章
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DNA鑑定

「秀樹、涼、落ち着いたわよ。泣き疲れて今は眠っちゃったみたい。

でも、念のため二、三日入院だって。私、ちょっと着替えを取りに行ってくるから、秀樹は涼についていてくれる?」


宏子は、ほっとしたような顔でそう言った。


「そうか……。なあ、宏子」


「何?」


「いや、なんでもない」


俺は聞こうとした。

でも、その先の言葉が喉につかえて出てこなかった。


病院の白い天井を見上げながら、俺はただ立ち尽くしていた。

消毒液の匂いも、廊下を行き交う足音も、どこか遠く感じる。


ベッドで眠る涼の寝顔を見ても、胸の奥のざわつきは消えなかった。

むしろ、その寝顔が無防備で、あどけなくて、愛しいほどに、余計に苦しくなった。


信じたい。

いや、信じるしかない。

そう思うのに、頭のどこかで「本当に?」という声が止まらない。


確かめなければ前に進めない気持ちと、確かめた瞬間に何もかも壊れてしまうかもしれない恐怖が、ぐちゃぐちゃに絡まっていた。


それからの俺は、ずっと落ち着かなかった。

宏子に聞けばいい。

そう思うのに、いざ顔を見ると聞けない。

聞いてしまったら、もう以前のようには戻れない気がしたからだ。


涼は無事に退院し、すっかり元気になった。

いつものように笑って、走って、甘えてくる。

そんな涼を見ていると、このまま何もなかったように過ごしてしまえばいいんじゃないかという気持ちも湧いた。


涼は可愛かった。

愛しかった。

それは間違いなかった。


だからこそ、なおさら苦しかった。

もし、本当に俺の子じゃなかったら。

その疑いを抱いたまま、この先も父親の顔をしていけるのか。

いや、逆に、もし俺の子なのに疑っているのだとしたら、それはそれで最低じゃないのか。


どちらに転んでも、自分が傷つくことは分かっていた。

それでも、疑念だけは胸から消えてくれなかった。


ある日、涼が宏子の実家に泊まりに行った。

久しぶりに、夫婦二人きりの夜だった。


酒も入っていた。

普段より少し気持ちが緩んでいたのかもしれない。

いや、たぶん違う。

ずっと心の奥に押し込めていたものが、ようやく口まで上がってきただけだ。


今しかない。

そう思った。


「なあ、宏子。涼の血液型なんだけど」


「どうしたの、急に」


「A型だったんだよ、涼」


その言葉を聞いた瞬間、宏子は黙った。

たった数秒だったのかもしれない。

でも、俺にはその沈黙がやけに長く感じた。


「そうなの? 何かの間違いじゃない」


やっと出てきた宏子の声は、妙に軽かった。

その軽さが、逆に俺を不安にさせた。


「俺もそう思ったんだ。でも、涼の血液型はAで間違いないらしい」


部屋の空気が重くなる。

さっきまで流れていたテレビの音すら、急に耳障りに感じた。


宏子はしばらく考え込むようにしてから言った。


「だったら、私の血液型が間違ってるのかも。O型って親から聞いただけで、ちゃんと調べたことないし。きっと私、A型なんだよ。父もA型だし」


「そうか……そうかもしれない」


俺はそう答えた。

答えながら、自分でも分かっていた。

全然、納得していない。


むしろ、疑念は前より濃くなっていた。


涼が生まれたのは、三年前の十二月だった。

本当は女の子だと言われていた。

だから俺たちも、両親も、みんな女の子用のものを用意していた。

けれど、生まれてきたのは男の子だった。


予定外だったから、最初の産着はピンクだった。

しばらくの間、涼は女の子用の服を着ていた。

今になって思い返すと、そんな些細なことまで妙に鮮明に浮かんでくる。


涼が生まれてからというもの、周りには「母親似だね」と言われることが多かった。

俺に似ていると言われたことは、一度もなかった。

でもその頃は、男の子は母親に似ることもあるし、別に気にもしていなかった。

俺自身、母親似だと言われていたから、なおさらだった。


けれど今は、そのひとつひとつが、全部疑念の種に見えた。


宏子を信じたい。

宏子の言葉を信じたい。

十年も一緒にいて、結婚して、子どもまで授かった相手なんだ。

簡単に疑うなんて、したくなかった。


それでも。


ある日、テレビで芸能人の子どもが実子ではなかったと、DNA鑑定で発覚したというニュースが流れていた。

その言葉が、妙に耳に残った。


DNA鑑定。


気になって、俺はネットで調べた。

思っていたより簡単だった。

キットを申し込み、郵送で提出すれば鑑定できる。

費用も数万円。

安くはない。けれど、到底払えない額でもなかった。


画面を見ながら、俺は何度も迷った。

ここでやめれば、まだ元には戻れるかもしれない。

知らないままでいれば、何も壊さずに済むかもしれない。

そう思った。


でも、同時に思った。

このまま曖昧なままでは、もう宏子の言葉も、涼の笑顔も、まっすぐ見ることができない。

疑ったまま父親を続けることの方が、よほど残酷なんじゃないかと。


白か黒か。

それを知るのは怖かった。

怖かったけれど、それでも俺は、はっきりさせずにはいられなかった。


俺は、DNA鑑定のキットを申し込んだ。

宏子には、内緒で。

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