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家族の影  作者: hoku love
第一章 清子の章
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第十章 二人暮らし

茂と屋根の下で暮らすことに、私はもう限界を感じていた。

毎日、息を潜めるように過ごし、笑顔を貼りつけ、心の中で叫びを飲み込む。

その生活は、私の心をじわじわと削り取っていった。


ある晩、ユキが真剣な表情で言った。

「母さん、もう私たちで暮らそう」


その言葉に、胸の奥で硬く固まっていたものがほどけるのを感じた。

私も、そうしたかった。

けれど、母親として、妻として、家を守らなければいけないと自分に言い聞かせてきた。

でももう限界だ――。


私とユキは、町外れの小さなマンションに引っ越した。

築年数は古く、廊下の壁紙は黄ばんでところどころ剥がれていた。

けれど、南向きの窓からは陽の光が差し込み、昼間はぽかぽかと温かかった。


「十分だよ、母さん。ここでいい」

ユキはそう言って、段ボールを軽々と運んだ。

私はその姿に頼もしさを覚え、同時に申し訳なさも込み上げた。

本来なら、母である私が守るべきなのに。


部屋には段ボールが山積みだった。

けれど、カーテンを掛け替え、小さなテーブルを置き、電気を灯すと、それなりに“生活の場”になった。


引っ越し初日の夜。

私たちはスーパーで買った惣菜を並べ、簡単な夕食にした。

コロッケ、ポテトサラダ、インスタントの味噌汁。

湯気の立つ味噌汁を前に、ユキが笑った。

「なんかキャンプみたいで楽しいね」


私はつい笑みを返した。

「そうね、気楽でいいわ」

重苦しい家から離れたことで、少しだけ呼吸が楽になった気がした。


段ボールの片付けは翌日に回し、二人でテレビをつけた。

お笑い芸人のくだらない掛け合いに、ユキが声を出して笑う。

その笑い声に、私の心もほぐれていった。


翌朝。

ユキが張り切ってトーストを焼いたが、真っ黒に焦がしてしまった。

「やば、やっちゃった!」

皿の上の黒いパンを見て、ユキは舌を出した。


私は思わず吹き出した。

「大丈夫よ、半分は母さんが食べるから」


二人で焦げたトーストを分け合い、インスタントコーヒーをすすった。

窓から差し込む朝日が、ベランダに干した洗濯物を照らしていた。

小さなベランダ、小さな部屋。

けれど、不思議と温もりに包まれていた。


夜になると、私はふと秀樹のことを思い出した。

「俺は生きていけない」と言った声が耳に蘇る。

胸が締めつけられ、涙が込み上げる。


そのたびに、ユキが私の肩に手を置いて言ってくれる。

「大丈夫だよ、母さん。兄ちゃんは私たちが守るから」


その言葉に、私は救われた。

息子を直接救えない代わりに、娘と共にそっと支える。

それが、今の私にできる唯一の生き方だった。


段ボールを少しずつ片付け、部屋は少しずつ“家”になっていった。

台所には二人分の食器、リビングには安いラグと小さな観葉植物。

何も豪華ではない。

けれど、そのささやかな生活こそが、私の心を支えてくれていた。


――私はもう、大きな幸せを望まない。

ただ、この子と一緒に、小さな灯りを絶やさず暮らしていきたい。



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