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家族の影  作者: hoku love
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第一部 第10章 灰色の答え

茂が帰ってきたのは、十時を少し回った頃だった。

私は玄関で靴音を聞き取り、すぐにリビングの灯りを一段落とした。眩しさを抑えたほうが、言葉が静かに出てくる気がしたからだ。


「ただいま」


茂は、私の様子がいつもと違うと気づき、「何かあったのか」と低く尋ねた。


私は呑気な茂を見て、怒りや悲しみが込み上げてくるのをグッと堪えた。

「美希さんから聞いたわ。あなたたちのこと。」


茂は怪訝な顔をした。


「認めたのよ。彼女、あなたとの仲を。隠すつもりはないって。あなたといると安心する、とも言ってたわ。堂々と、私の前で認めたのよ。」


気がつけば、私は茂にグラスを投げつけていた。


そのグラスがガシャンと大きく割れる音が響き、ユキが自室から出てきた。

「どうしたの?」


茂は大きくため息をついた。


「清子、落ち着け。あの子は不安定で、寂しがり屋なんだ。俺のことを父親みたいに頼っているだけで……変な意味じゃない。」


「いつまでそんな綺麗事を言うの、どうしてそんな酷いことができるの、息子が大切にしているお嫁さんを奪うような真似をして。噂になるまで連れ回して――それが本当に父親のすることなの、秀樹があなたに何をしたっていうの。」


茂は声を荒げた。「妄想だよ。お前の妄想に付き合っている暇はない」


ユキ「妄想? 本当にそうなの? じゃあ、なんでみんな噂するの。普通、嫁と舅なんて噂になり得ないよ。お嫁さんが舅の会社で働くなら褒められることはあっても、不倫みたいな噂は立たない。まして噂になったなら態度を改めるはず。二人で嬉々として出張を繰り返したりしない。――お父さんも美希さんも、おかしいよ」


茂はユキを嗜めるように言った。

「ユキ、世間は無責任に面白おかしくいうもんだ。」


「はあ?面白おかしく言うにしても、常識ある人なら鬼畜みたいな噂しないよ。お父さんとお兄ちゃんは一人の女性を共有する、いわば、親子丼って言われているんだよ」


「ユキ、いい加減にしないか?」

茂はまた声を荒げた。

「そんな鬼畜な噂をされてもヘラッとして二人で出張に行ける美希さんとお父さんが、私には理解できない。お母さんやお兄ちゃんがどれだけ恥をかいたか、どれだけ傷ついたか、わかるの?」

茂はため息をついた。

「ユキ、それは誤解なんだが、もしお父さんが誤解させるような行動があったのなら、それは謝る、すまんな、清子、ユキ。」

「謝るだけなの?じゃあ今後、美希さんとは二人でランチに行ったり、出張に行ったりしないで。噂になるようなことしないで。」

「ユキ、それはな、仕事なんだよ。美希さんはこれから、秀樹と一緒に会社を担ってもらわないとならない。そのために、父さんが色々と目をかけてやる必要があるんだ。」

茂が最もらしい言い訳をする。

「目をかけるのに、なんで二人でランチや出張が必要なの?今のこのコンプラの強い世の中、些細な噂だって命取りになるから、どんな企業だって、芸能人だって、噂が出た以上ケジメつけるでしょ?なのになんでお父さんと美希さんはケジメもつけられないの?」

ユキの言い分が正論だった。

「家は家、会社は会社だ。美希さんの癖も弱さも俺が一番わかってる。今切り離せば余計にこじれる。」

「今切り離せばこじれる? こじらせたのは二人きりを続けた結果でしょ。こじれない形は簡単だよ。二人きりをやめる。それに、現場の指導ならお兄ちゃんに任せればいい。お父さんがが介入する必要なんてどこにもない。」

「秀樹には彼女を支える力がない。きっと共倒れになる。だから父さんが支えるのが一番なんだ。

ユキ、お前も――母さんが妄想を言い出したら止めてやれ。美希さんは行き場のない、可哀想な人だ。お前も庇ってやってほしい。」

ユキは唖然としたまま、ゆっくり口を開いた。

「要するに、綺麗事は並べても、美希さんとの関係をやめる気はないってことだね。」

「ユキ、世の中は白か黒かだけじゃない。グレーもある。今はそのグレーで進むしかないんだ。」

ユキの目に涙がにじむ。

「……それが答えだね。灰色は、裏切りの色だよ。お父さん、軽蔑する」

私はユキを抱き寄せる。

腕の中のユキの肩が細かく震えている。

この子にここまで言わせた――それだけで、私はもう茂を許せない。

「妻としてではなく、母としてお願いします。美希さんとの関係を、終わらせてください。 あの子は、また壊れます。ようやく前の離婚から立ち直り、美希さんと新しい人生を歩き始めたところなのに、今度は父親であるあなたと美希さんに裏切られたら、あの子はもう立ち直れない。あなたも知っているでしょう、あの子がどれほど苦しんできたか。」

茂は何も言わずに部屋をでた。

逃げた。

論じ合うことからも、父親であることからも。

腕の中のユキが小さく震える。

私はその震えを抱きとめた。

秀樹の顔が浮かぶ。

今のあの子は、きっと美希さんを信じる。

私から離れていく。

それでも私は秀樹を守るために、真実を告げることは許されない。





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