表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家族の影  作者: hoku love
10/12

第一部 第八章 揺れる息子

夫の視線が、息子の嫁で止まった。老年の妻は沈黙で家族を守れるのか――壊れていく形の中で小さな灯りを探す物語。

フォトウェディングが終わってから数日、私は夜ごと胸の奥にざらついた感覚を抱えていた。

あのアルバムをめくるたびに、美希の笑顔がこちらを挑発するように感じられる。

秀樹の笑顔は無理矢理にでも作っているかのように見えた。


――でも、家族の中の空気は、少しも良くならなかった。



その夜、秀樹と美希が夕食を食べにやってきた。

台所で茶碗を洗っていると、廊下の奥から声が聞こえてきた。

秀樹と美希。

私は無意識に水を止め、手を布巾で拭いて廊下に立った。

扉は閉まっていたが、押し殺した声は漏れ出してくる。


「ねえ、信じてよ」

美希の声。甘えるような調子。


「……でも、母さんが……」

秀樹の声は弱く、掠れていた。


「お母さんの言うことなんて妄想だって。

 私とお父さんのことなんて、あるわけないでしょ?」


私は壁に背を預け、息を殺した。

布巾が手の中で湿ったまま固まる。


「でも、みんなが噂してる……」

秀樹の声が震えている。


「噂なんて、、、、。他人なんて面白おかしくいうものよ。

 私は会社を支えてるだけ。お義母さんが勝手に曲解してるの」


衣擦れの音。

布団の軋む音。

私の頭の中に、息子が必死に縋る姿が浮かんだ。


「……でも、もし本当にそうだったら……俺は……生きていけない」


その一言に、私は壁に手をついた。

足元から力が抜ける。

“生きていけない”――その言葉は、私の胸を鋭く貫いた。


私はふらつく足で廊下を戻った。

背後から足音が近づき、振り向くとユキが立っていた。

彼女は真剣な目をして、低い声で言った。


「……母さん、聞いた?」


私は頷いた。声は出なかった。


ユキは唇を噛み、それから吐き捨てるように言った。

「兄ちゃんには、絶えられないよ、父さんと美希さんのこと。

 美希さんは兄ちゃんの弱さを分かってて、そこに入り込んでるんだよ。

 だから真実を認めたら、兄ちゃんは壊れる。下手したら……自殺する」


私は「そんな……」と呟いた。

頭では分かっていた。

けれど娘の口からはっきり言われると、現実が鋭く突きつけられた。


ユキは続けた。

「だから母さん、兄ちゃんを問い詰めちゃだめ。

 認めさせちゃだめ。

 兄ちゃんを守れるのは、もう母さんと私しかいないんだから」


私は両手で顔を覆った。

涙が指の隙間から溢れ出す。


「……どうすればいいの?」

震える声で問うと、ユキは私の手を握った。

「沈黙するしかない。母さんが声を上げたら、兄ちゃんは壊れる。

 だから私たちが黙って、耐えるしかないんだよ」


その夜、布団に入っても眠れなかった。

「生きていけない」と言った息子の声が、何度も耳に蘇る。

私は枕を抱きしめ、闇の中で祈った。


――どうか、あの子の心が壊れませんように。

――どうか、私の沈黙が、あの子を生かす盾になりますように。


でも同時に思った。

沈黙は、私自身を蝕んでいく毒でもあるのだと。

老年の妻・清子は、年下の夫・茂、息子・秀樹、娘・ユキと暮らしてきた。息子の離婚を機に現れた新しい恋人・美希は、幼少期の孤独と病を抱え、やがて茂と共振する。家族の食卓に走る一言の嫉妬。会社での“二人席”。親戚や街に広がる「どっちの嫁?」の噂。疑念は確信へ、しかし息子は「真実を知れば生きていけない」と震える。清子は沈黙を選び、娘と二人で小さな暮らしをはじめる――利害で離婚しない現実と、灯りのような救い。家族をめぐる倫理と愛の境界を、静かな一人称で描くヒューマンドラマ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ