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「現代貨幣理論(MMT)の理論的枠組みと政策的応用──Mitchell, Wray, Watts の『Macroeconomics』を中心に」

作者: あああ

「現代貨幣理論(MMT)に基づくマクロ経済政策の再評価――日本経済における適用可能性と制度的制約」



序章 ―MMTの再検討と日本経済への示唆―


現代のマクロ経済学において、主流派理論と一線を画す視座として浮上してきたのが、現代貨幣理論(Modern Monetary Theory、以下MMT)である。本理論は、政府が自国通貨建てで債務を発行できる限り、財政的な制約は本質的に存在しないと主張し、インフレの管理こそが財政政策の主要な制約であると位置づける。こうした立場は、1990年代以降の新自由主義的財政均衡主義に対する有力な批判として注目を集めており、とりわけ長期にわたるデフレ傾向に直面してきた日本経済にとっては、財政運営の再考を迫る理論的根拠ともなりうる。


MMTの理論的根幹は、国家の貨幣発行権とその制度的構造、ならびに中央銀行と財政当局の機能的連携に依拠している。William Mitchell、L. Randall Wray、Martin Wattsらによる教科書『Macroeconomics』(2019)は、MMTの基礎概念を包括的に整理し、主流派経済学と対比する形で、通貨発行体と民間部門との間の収支関係、財政赤字の役割、雇用保証プログラムの意義などを系統的に論じている。本論文では、その主要概念を整理・再構成しつつ、日本の現実経済との整合性を検討する。


特に注目すべきは、以下の三つの論点である。

第一に、「貨幣とは何か」という根源的な問いへのMMTの解答である。MMTは貨幣を「国家が課税権を通じて価値を保証する信用媒介物」と位置づけており、これは主流派経済学の「媒介物」的理解とは根本的に異なる。


第二に、MMTの政策的応用としての「ジョブ・ギャランティ(雇用保証)」プログラムの提案である。これはインフレ抑制と完全雇用の両立を可能にする手段として位置づけられているが、日本における制度的制約や労働市場の構造を考慮したとき、実効性はどの程度担保されるかが問われる。


第三に、MMTが重視する「政府支出の限界は財源ではなく、実物的な資源制約である」という命題が、財政再建を巡る議論にどのような影響を及ぼし得るかである。近年の日本における消費税引き上げやプライマリーバランス黒字化目標のような政策が、いかなる根拠に基づいて展開されてきたかを再考することは、MMTの応用的価値を測るうえで不可欠である。


本論文では、まず第1章においてMMTの理論的基盤と従来理論との相違点を整理する。第2章では日本経済における財政・通貨制度の実態を検討し、MMTとの制度的親和性を評価する。第3章では、MMTに基づいた財政政策がもたらす可能性と限界を、日本における具体的政策選択(例えば雇用保障政策、ベーシックインカム的支出拡大)との関連で論じる。


最終章では、MMTの理論が提供する視座が、財政論や経済成長戦略の見直しにおいていかなる実効性と課題を孕むかを総括し、今後の研究課題を提示する。


第1章 MMTの理論的基盤と主流派経済学との対立軸


1.1 貨幣観の相違――「内生的貨幣論」 vs 「外生的貨幣供給説」


現代貨幣理論(MMT)の出発点は、貨幣とは何かという定義にある。主流派経済学(とりわけ新古典派、マネタリズム、ニューケインジアンなど)は、貨幣を「物々交換の効率的な代替手段」として捉え、貨幣供給が中央銀行のコントロール下にある「外生的」なものと想定する。


これに対しMMTは、貨幣を**国家の信用に基づく「負債記録」**と捉える。すなわち、国家は課税権を有し、国民に対して課税義務を課すことで貨幣の価値を裏打ちする。通貨は国家の支払い義務(納税)を果たすための“受容されるチケット”であり、その供給は政府支出(=国民への貨幣発行)という形で内生的に発生する。この立場は「チャートリズム(国家貨幣論)」に根ざしており、国家が通貨を発行する主体である限り、その供給量は経済内の実物的制約により規定されるとされる。


1.2 財政赤字と政府債務――「負債」か「貯蓄」か


主流派経済学では、政府の財政赤字や累積債務は、将来の税負担やインフレリスク、クラウディングアウトを引き起こす「問題」とされる。しかしMMTではこれを逆転させて捉える。


MMTにおいて、政府の赤字とは、民間部門にとっての黒字=所得増加であり、政府債務は民間の金融資産と等価である。財政赤字は民間の貯蓄を可能にする手段であり、自国通貨を発行できる政府にとって財源の制約は存在しない。重要なのは、「どれだけ発行できるか」ではなく、「どこまで発行してもインフレを招かないか」という実物的制約の問題である。


1.3 中央銀行の役割――「独立性」か「統合性」か


主流派は、インフレ制御のために中央銀行の独立性を重視し、財政当局との分離を原則とする。対照的にMMTでは、中央銀行と財政当局は機能的に統合された存在として扱う。


すなわち、通貨発行体である政府が国債を発行し、中央銀行がそれを引き受けることは、制度的には「政府が自らに借金をしているだけ」であり、実質的な制約ではない。これは、統合政府(Consolidated Government)というMMT特有の分析単位であり、財政と金融を合わせた国家部門全体としての振る舞いを評価する枠組みである。


1.4 インフレと資源制約――MMTのリミッター


「自国通貨建て国債はいくらでも発行できる」といった誤解に反し、MMTはインフレこそが財政のリミッターであると強調する。つまり、供給能力を超えて政府支出を拡大すれば、当然ながら需要超過により価格が上昇し、購買力の低下を招く。


ここで重要なのは、インフレの管理手段として課税や強制貯蓄の活用を提唱している点である。政府は課税を通じて通貨を回収し、過剰な需要を抑制する。この視点は、貨幣を「回収可能な国民的負債」とみなすMMTの特徴的な位置づけを示している。


1.5 雇用保証プログラム(Job Guarantee)の提唱


MMTのもう一つの柱は、「恒常的な完全雇用の実現」であり、その具体的手段としてジョブ・ギャランティ(雇用保証)プログラムを提案している。これは、政府が最後の雇用主として、失業者に公共的価値のある仕事を提供する制度である。


失業とは、政府が必要な支出を行っていない結果であり、民間が雇用を創出しないときには、政府が介入すべきであるという立場に立つ。これはケインズ主義と似ているようでありながら、より制度的で持続的な仕組みとしての再分配と完全雇用の設計を志向する点で異なる。


第2章 日本経済の制度的構造とMMT的財政運営の可能性


2.1 通貨主権国家としての日本


現代貨幣理論(MMT)の前提条件の一つは、「通貨主権」の確立である。MMTが主張する「制約なき財政運営」は、国家が以下の条件を満たすことを前提に成立する:

1.自国通貨を発行していること(円)

2.通貨の価値を変動相場制で維持していること

3.自国通貨建てで国債を発行していること

4.資本統制がある程度効いており、他国通貨に依存していないこと


この観点から見ると、日本はこのすべての条件を満たしている稀有な先進国であり、MMTの制度的適用可能性が最も高い国家の一つである。


2.2 国債発行と民間資産の関係


日本の政府債務残高(約1000兆円超)は世界でも突出して高いが、その約90%以上は日本円建てであり、その大半は日本国内の金融機関(とりわけ日銀、銀行、保険、年金など)が保有している。


この状況は、MMTの「政府債務は民間の資産である」という原則と一致する。日本では、政府が赤字を出すことで、民間が金融資産を蓄積してきた。国債を保有している金融機関は、それを通じて安定的な利回りを得ており、資産運用の柱となっている。


また、日銀が保有する国債は、統合政府の観点から見れば、政府が自らに借金しているに過ぎず、金利支払いも日銀収益として国庫に還流している。


2.3 財政運営の神話――「借金は将来世代へのツケ」か?


日本の財政論において、「政府の借金は将来世代へのツケ」という言説が広く共有されているが、MMT的視点から見ればこれは誤った認識である。なぜなら:

•将来世代は、将来の政府支出と税収の下で生きるだけであり、「債務そのもの」を返済する主体ではない。

•政府債務が国内で円建てで保有されている限り、それは国内の誰かの資産であり、全体としては「プラスマイナスゼロ」である。

•仮に債務を償還する場合でも、通貨発行権を持つ政府が中央銀行と連携して対応できる(例:日銀によるロールオーバーや金利コントロール)。


したがって、問題は「返済能力」ではなく、「インフレリスク」や「資源制約」であり、ここでもMMTは実物的な制約を重視する。


2.4 日本におけるインフレと課税の役割


日本は1990年代以降、慢性的なデフレ圧力に悩まされてきた。インフレ率はゼロ〜1%未満にとどまり、実質GDP成長率も低空飛行を続けている。


この状況下で、政府支出の拡大は、デフレ脱却と需要喚起の手段となる可能性が高く、インフレが問題になる段階には到達していない。むしろ課税の役割は、「財源確保」ではなく、需要管理と所得再分配に置かれるべきであるというMMTの立場が、日本の実情に合致する。


2.5 雇用保証プログラムの適用可能性


日本は完全雇用を目指しているとされるが、実態としては非正規雇用や実質的失業、働きたくても働けない「隠れ失業者」が多く存在する。MMTが提唱する**ジョブ・ギャランティ(雇用保証制度)**は、次のような利点がある:

•有効需要を喚起し、乗数効果によって地域経済を活性化

•民間雇用の下支えとして、労働市場における賃金の底上げ

•財政出動の対象を「一時的なバラマキ」ではなく「恒常的な需要創出」へと転換


このような制度は、地域社会のインフラ整備、介護・保育、環境保全など、既存市場で過小評価されがちな分野での「価値ある労働」を創出する基盤になりうる。


第3章 MMTへの主な批判とその反証


3.1 インフレリスクに対する懸念


批判:


「政府が制約なく通貨を発行すれば、いずれインフレ、あるいはハイパーインフレが起こる」との批判は、MMTに対して最も頻繁に提示される懸念である。歴史的には、ジンバブエやヴァイマル共和国のように、政府が財政赤字を通貨発行で賄った結果、制御不能な物価上昇が発生した例がある。


反証(MMT側の立場):


MMTは財政赤字=常に通貨増発=常にインフレとは考えない。重要なのは、**実物経済の供給能力(real resource constraint)**とのバランスである。

•ジンバブエやヴァイマルのケースは、戦争や生産力の崩壊など、供給側の壊滅が原因。

•日本や米国のように、生産能力が余っている(=需要不足)の状況では、通貨発行による支出はインフレを生まず、むしろデフレ圧力の緩和となる。


MMTの立場:「インフレは通貨の発行量ではなく、経済の“供給能力の限界”を超えた支出が原因で生じる」


また、インフレが発生した場合には、課税や国債発行による資金吸収によって、需要を冷ます手段があるとする。



3.2 財政規律の喪失とモラルハザード


批判:


MMTでは「赤字でも問題ない」「税金は支出の財源でない」とされるため、「政府が無制限に浪費を始めるのではないか」「政治家の放漫財政を助長する」といった懸念がある。


反証:


MMTは「財政に制約がない」とは主張していない。むしろ最も重視するのはインフレと資源の制約であり、そこで政策判断が厳しく求められる。

•財政の目標は「プライマリーバランス」ではなく「実体経済の健全な運営」である。

•政策の正当性を支えるには、議会と市民による民主的統制が必要であり、「経済的制約」から「政治的責任」への重心移動をMMTは提唱する。



3.3 通貨の信認・為替レートへの影響


批判:


「通貨を刷りすぎると信頼が損なわれ、為替相場が暴落する」という主張も根強い。特に輸入依存の高い国では、為替安によって輸入物価が上昇し、結果としてインフレにつながる懸念がある。


反証:

•通貨の信認は発行量だけでなく、その国の生産力、法制度、政治安定、信用性など総合的な要因によって決まる。

•日本のように極端な財政赤字や通貨発行をしてきた国でも、長期的には円の価値は維持されている(むしろ円高圧力)。

•為替変動を通じて輸出競争力が強化される効果もある。


また、MMTは常に為替安定を重視しているわけではなく、「内需主導の完全雇用達成」を最優先目標とする。



3.4 日本のような先進国でMMTは必要か?


批判:


「MMTは発展途上国や危機国家向けの理論であり、日本のような安定国家に適用する必要はない」との声もある。


反証:

•日本では30年近くデフレと実質賃金の低迷が続いており、金融緩和と財政出動の限界が指摘されている。

•MMTの主張は、通貨主権国においてこそ有効であり、むしろ安定した制度と生産力がある日本こそ、適用の余地が大きい。

•経済が「フル稼働していない」現在、積極財政と雇用創出による需要喚起こそが正攻法である。


第4章 現実世界におけるMMTの応用事例


4.1 アメリカ:パンデミック下の財政出動と雇用政策


2020年の新型コロナウイルス感染症拡大時、アメリカ政府はかつてない規模の財政出動を行った。直接給付(Stimulus Checks)、失業保険の上乗せ、企業支援、地方政府への補助など、総額で数千億ドル規模に及ぶ。


MMT的観点からの評価:

•財源はすべて国債発行とFRBによる金融緩和で賄われたが、当初は深刻なインフレは起きなかった。

•政府の積極支出によって失業率は急速に回復。経済の供給力が維持されたまま、需要喚起ができた。

•インフレが本格化したのは2021年後半以降であり、それも供給制約(物流停滞・原材料高騰)と地政学的リスク(ウクライナ情勢)が主因。


この事例は「供給余力がある段階での財政拡張は問題を引き起こさない」というMMTの立場を実証的に裏付けるものといえる。



4.2 イギリス:コロナ禍における「中央銀行直結の財政支援」


イギリス政府は2020年、財務省が中央銀行(イングランド銀行)に対して直接融資を受けられる制度(Ways and Means Facility)を拡充し、一時的にMMT的な政策が部分的に実施された。


評価:

•当初は「財政規律の崩壊」と懸念されたが、実際にはインフレも通貨下落も起きず、政府支出による雇用支援と企業救済が速やかに行われた。

•この直接融資は一時的措置であったが、理論上のMMTの有効性を一部の経済学者が評価するきっかけとなった。



4.3 日本:MMT的政策の「無意識的実施」


日本は名目上MMTを採用していないが、結果的にその理論に非常に近い実践を30年以上行ってきた。


実態:

•国債残高はGDPの2倍を超えるが、政府は依然として市場で低金利のまま資金調達が可能。

•中央銀行(日本銀行)は長期国債の大部分を保有し、事実上の財政ファイナンスが進行。

•税収に依存せずに社会保障支出や公共事業が維持されている。


限界と教訓:

•デフレや賃金停滞に対して、財政支出の「質と方向性」が十分でなかった。

•供給力が維持されているのに、需要創出が弱く、MMTの“フルエンプロイメント政策”が徹底されていない。


つまり、**“やり方次第ではMMTは有効だが、日本は途中で止まっている”**という評価になる。



4.4 オーストラリア:著者ウィリアム・ミッチェルの提言と労働政策


MMT理論の共同著者であるウィリアム・ミッチェルは、自国オーストラリアにおいて**「雇用保障プログラム(Job Guarantee)」**の導入を提言している。


この政策では、政府が**最後の雇用者(Employer of Last Resort)**として失業者に公的職を提供し、完全雇用を保証するというものである。


モデル評価:

•通貨発行国としての能力をフル活用しつつ、民間に影響を与えないような公共部門での雇用創出が目指される。

•実際にはまだ全国的導入には至っていないが、地方レベルでの試験導入や政党マニフェストでの採用が進んでいる。



4.5 限界と課題


MMT的政策には多くの利点があるが、以下のような制度的・政治的課題もある。

•中央銀行と政府の役割分担(インディペンデンス問題)

•議会による財政制御の制度設計

•インフレ対応のための課税強化のタイミング

•政治ポピュリズムと無責任な支出の抑止


第5章 日本におけるMMT政策設計と制度的提案


5.1 日本の現状分析:なぜMMT的枠組みが求められるのか


経済状況の要点:

•GDP成長率は長期的に停滞(「失われた30年」)

•デフレ傾向の長期化と実質賃金の低迷

•社会保障費の増大と少子高齢化

•国債残高はGDP比250%以上だが、インフレ率は上昇せず

•日銀が長期国債の大半を保有し、実質的な財政ファイナンス体制


MMT視点での分析:


日本はすでに事実上「MMT的政策」(=税収に依存しない支出)を実施しているが、それを理論的に整備し、目的を持って制度化することができていない。


「なぜ支出するのか」「誰のために」「どこに需要が足りないのか」といった根本設計が曖昧であるため、支出が経済の成長や国民の幸福につながりにくい状況となっている。



5.2 政策目標の再設定:名目から実質へ


現行の課題:

•「プライマリーバランス黒字化」という名目目標が、実質的な社会の疲弊を招いている

•成長よりも「負債削減」を優先する財政フレームが支出抑制を招く

•結果として、教育・子育て・医療・介護・地方再生などの基礎支出が不足


MMT的転換:

•「政府の財政赤字は、民間の黒字である」との原則に基づき、支出の目的を“雇用の最大化”と“実質福祉の拡充”に置く

•インフレを管理できる範囲で、供給余力がある領域に大胆な支出を集中



5.3 政策提案:日本型MMT実装の三本柱


1)雇用保障プログラム(JGP)の導入

•政府が最低賃金水準で職を提供(環境保全、教育支援、介護、地域防災等)

•常に「働きたい人には仕事がある」状態を保証し、景気循環に強い社会基盤を構築

•失業率と生活保護コストの低下、地域雇用の安定


2)目的税制とインフレ管理制度の整備

•税は“財源”ではなく、“インフレ調整”や“所得再配分”として位置づける

•高所得者や大企業への累進強化、環境税などを通じてインフレ圧力を分散

•同時に、需要過熱時にはタイムリーな課税引き上げが可能な制度設計


3)日銀との連携を制度化

•日銀が雇用と物価の安定を両立する責務を明記

•政府と連携してJGPやインフラ投資のための資金供給

•日銀による国債直接引受ではなく、市場を経由した柔軟なオペレーションを合法化



5.4 実装フェーズと政策運用の具体化


ステップ1:制度的合意と社会理解の醸成

•財政の“見せかけの制約”を問い直す教育キャンペーン

•MMTを批判する勢力への透明な情報公開と反論


ステップ2:特定領域での限定導入

•地方自治体主導でのJGP先行実験(離島・過疎地など)

•公共教育の無償化など、限定された予算で成果を可視化


ステップ3:段階的な全国展開

•年齢別・地域別に拡大し、完全雇用への移行路線を設定

•中長期では「労働力の総動員」よりも「選択的・自律的参加」への移行



5.5 批判への応答と持続可能性の論拠


よくある批判と反論:

批判内容

MMT的応答

インフレになる

供給制約を伴わなければ起きない。起きる場合は課税と支出調整で管理

財政破綻する

日本円は日本政府が発行している限り破綻しない。問題は通貨信認の維持

政治家が使いすぎる

それは制度設計の問題であり、財政原理ではなく民主制の運用問題


第6章 MMT導入時の経済モデルと効果予測



6.1 モデル構築の前提と設計方針


(1)基本前提

•経済は貨幣的制度に依存する。貨幣は国家によって供給され、民間はそれを使って税を払う義務を持つ。

•税は“通貨の価値を担保する強制力”であり、政府の支出が先、徴税は後。

•政府は供給力がある限り、理論的に破産せず、支出によって有効需要と雇用を創出できる。


(2)モデリング上の仮定

•日本の現状を再現するために、2023年ベースのマクロ指標を使用(GDP、インフレ率、雇用率等)

•「基準ケース(現状維持)」と「MMT政策導入ケース(JGP+公共投資+税制改革)」を比較

•DSGEモデルではなく、**ストックフロー整合モデル(SFC)**を使用(MMT的アプローチに整合)



6.2 想定される3段階の効果発現プロセス


【短期:導入~1年】

•JGP(雇用保障プログラム)により、完全雇用に近づく

•地域ごとの基礎消費・生活支出が底上げされる

•公共部門からの需要創出が、民間への乗数効果を誘発


想定効果(数値例):

•失業率:3.2% → 1.2%

•実質GDP成長率:+1.3% → +3.2%

•インフレ率:+1.0% → +1.6%(供給制約なければ許容範囲)



【中期:2~5年】

•民間雇用が改善し、JGP卒業者が民間に流動化

•所得階層の再編が進み、消費性向の高い層が厚くなる

•公共投資の波及効果で、民間設備投資・イノベーション誘発


想定効果(数値例):

•実質GDP:+10〜15%成長

•賃金水準:中央値で10%以上上昇

•税収:総支出増にも関わらず自然増収効果が発現



【長期:5年以降】

•税制と支出のフレームが「インフレ制御」に焦点化

•教育・介護・医療など、長期的投資が生産性向上へ転化

•金融市場との安定的連携が実現し、「信認の危機」は回避


想定効果(数値例):

•インフレ率:2.0〜2.5%に安定

•貧困率:OECD平均を下回る水準へ

•GINI係数:現在の0.33から0.28前後へ改善



6.3 感情・期待との連動:センチメント指標との統合


「センチメント・アクション・ギャップ指数(SAGI)」の導入

•国民の心理と実際の行動(消費・投資・貯蓄)との乖離を定量化

•MMT政策では「構造的安心感」が形成され、SAGIが乖離縮小方向に推移

•信認・期待・行動が一致してくることで、経済が予測可能性を高める



6.4 リスクと制御の設計:暴走をどう抑えるか

リスク要因

MMT的制御手段

供給制約によるインフレ

JGP雇用の一時凍結、所得制限付き支出縮小

政治的バラマキ

支出目標の法定化+審議会制度

為替変動

国内市場主導での国債発行継続、金利管理

民間投資の抑制

公共と民間の補完関係を前提とした投資設計


第7章 倫理構造としてのMMTと公共性の再編



7.1 経済政策における倫理的責任とは何か


経済政策の根幹には、「誰に、どのような形で資源を配分するか」という倫理的判断が含まれている。MMTは、単なる財源論に留まらず、「政府には社会の最後の雇用者としての責務がある」という倫理的基盤を前提とする。


MMTが問い直すのは、「国家とは誰のために存在するのか」「失業は不可避なのか」という社会契約そのものである。


これまでの主流派経済学では、失業を“価格調整の副作用”として容認していた。だが、MMTはそれを国家による非行動=選択された犠牲とみなす。



7.2 「雇用保障」は倫理的装置である


雇用保障制度(Job Guarantee, JGP)の本質:

•単なる景気刺激策ではなく、「人間の尊厳を保証する制度」

•生産性に応じた市場原理からこぼれ落ちた者にも、「居場所」と「役割」を提供する


この制度は、国家が**“最後の買い手”ではなく“最後の雇い手”**になるという哲学転換を意味する。


制度の倫理的意義:

•「働く意欲があるのに職がない」という状態を制度が拒絶

•自由と平等の理念を、実体的・現場的な形で保障する

•財政均衡よりも生活均衡・尊厳均衡を優先する思想基盤



7.3 「公共性」とは何を意味するか:私益と共益の再編


古典的公共性の再定義


MMTは公共支出を「無駄」とみなす市場信仰に挑む。そこで求められるのは、次のような公共性概念の再定義である。

項目

従来の公共性

MMT的公共性

支出評価

費用対効果、税負担正当性

社会的必要性、包摂性

雇用創出

民間主導で結果的に

国家が意図的に基盤整備

格差対応

市場再配分、福祉支出

初期から構造的に排除防止


このように、公共部門を“残余的存在”ではなく“経済構造の軸”として捉え直す必要がある。



7.4 通貨の哲学:貨幣とは“関係”である


MMTは「税が貨幣の価値を担保する」とするが、これは同時に**「貨幣が関係の強制装置である」という認識**でもある。

•貨幣とは単なる交換手段ではなく、国家と個人の“関係性の証明”

•「納税義務」という形で国家との接続が強制される

•よって、国家が貨幣を発行するということは、その社会全体に“関係の義務”を配る行為となる


ここに、MMTの根幹にある倫理観、「無関心を制度として放置しない」という姿勢が宿る。



7.5 市場原理主義と制度設計主義の対立

観点

市場原理主義

MMT的制度設計主義

人間観

自律的主体/競争者

相互依存的存在/被支援者

政策基盤

金融均衡・インフレ抑制

雇用保障・包摂

政治性の位置づけ

最小限の介入

積極的構造形成


したがって、MMTは単なる財政運営論ではなく、社会倫理と制度思想の総合的提案である。



7.6 批判への応答:放漫財政・インフレ懸念への反論


批判1:放漫財政を招くのでは?


→ 回答:供給能力を超えない限り、支出は制約されない。無制限に支出するのではなく、「制約の質」が変わる。


批判2:高インフレになるのでは?


→ 回答:MMTは**“インフレ制御は財源ではなく需要調整で行う”**とする。税と雇用プールはその調整装置。


批判3:市場の信認が失われるのでは?


→ 回答:信認は“財政黒字”よりも“経済全体の安定と予測可能性”に基づく。MMTはそれを高める制度設計。


第8章 制度提言とMMT実装ロードマップ



8.1 現実世界でのMMT実装の課題と可能性


MMTは理論として明快でありながら、実装にあたっては現行制度との摩擦が避けられない。特に次の点で顕著である:

1.財政運営のパラダイム転換

 従来の「財政赤字=悪」とする考えから脱却し、支出の中身と目的を問う制度に移行。

2.中央銀行と財政当局の協調再設計

 金融政策の独立性を保ちつつ、雇用保障との連携をどう制度化するか。

3.“雇用保障制度”という新たな公共サービスの構築

 自治体や地方経済と密接に連動する形での制度設計が必要。



8.2 制度提言①:雇用保障プログラム(JGP)の段階的導入


フェーズ1:モデル自治体における試行運用(Pilot)

•失業者・非正規雇用者を対象に、地方自治体と連携した「公共労働創出」

•生活インフラ維持、ケア労働、環境修復、文化資源保全などへの従事


フェーズ2:国主導による全国展開

•法制度整備、財政ルールの見直し(例:プライマリーバランス規律の撤廃)

•「最後の雇い手」機能を国が公式に担う明文化


フェーズ3:民間との連携強化・評価制度の導入

•公共と民間を結ぶ人材循環システム

•評価は市場的利益よりも「社会的有用性」に重点



8.3 制度提言②:財政ルールの再設計


現行ルールの問題点

•「財源=税収」「均衡財政=健全」という思考停止型の財政観


新たな提案

•目的志向型財政ルールへの移行:

 - 「目的に適う支出であれば財源は後から整える」

 - 財源の調整は税と国債の配分で柔軟に対応


従来の発想

MMT的発想

税 → 財源確保

税 → インフレ抑制・格差是正

国債 → 将来世代の負担

国債 → 流動性調整・マクロ安定策

支出 → 制約ありき

支出 → 社会目標起点


8.4 制度提言③:中央銀行の役割変化と市場との新たな関係


新たな役割

•金融安定と実体経済の調和を第一義に

•金融市場の“期待管理”よりも実体の就業率・生活水準の安定を優先


必要な制度対応

•政策金利だけに依存せず、直接的信用創造支援(公共投資債の引き受けなど)

•「インフレ目標」の再定義:物価のみでなく**生活インフレ(生活コスト)**も評価軸に



8.5 制度提言④:教育・報道分野の再構築


MMT的視点は、一般市民の理解と支援なしには制度化できない。そのためには次の環境整備が不可欠である:

•義務教育・大学教育における財政と貨幣の本質教育の導入

•報道機関による財政報道の言語改革

 - 「税金で賄う」ではなく、「政府が支出を決め、税は調整するもの」というフレーミングの普及



8.6 導入に向けた政治的戦略と市民参加


政治的障壁

•既存の財政規律主義者との対立

•メディア・経団連など既得権益層の反発


市民側の戦略

•**「わかる言葉で語るMMT」**の普及

•地域単位での雇用創出事例の可視化

•経済学者・自治体・市民団体の三位一体の対話モデル構築



8.7 終章的考察:MMTは何を再定義したか


MMTが示したのは、「経済政策=財源論」ではなく「人間の生の構造をどう整えるか」という倫理的構築論である。

•失業は「不可避」ではなく「放置された制度的暴力」である

•税と貨幣は「自由の制約」ではなく「共存の設計図」である

•国債は「負債」ではなく「つながりの証」である


MMTは、「制度」と「感情」、「財政」と「倫理」、「貨幣」と「関係性」を再びつなぎ直す21世紀的社会設計理論である。

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