第一章 其の七
日もとうに暮れてから屋敷へと戻った俺たちは、早々に大名より呼び出された。
隣にいた彼女もともに、ということだったがどういう用件だろうか。ともに来るように言われた彼女は驚きもせずに頷いていたのを見るに、こういった呼び出しは今回が初めてではなさそうだった。
呼び出された先の部屋で、大名と俺は向かい合うように座り、彼女は俺の少し後ろに腰を下ろした。
「それで、お話とはなんでしょうか?」
用件があるならさっさと済ませてくれといわんばかりに不機嫌さを声にのせれば、にこりと微笑まれる。
「いや、帰ってきて早々に申し訳ない。その者に案内をさせたことはなかったため、きちんと楽しんでいただけたか不安でしてな。」
大名は俺の後方、彼女をちらりと見る。
「問題ありません。きちんと案内していただけました。道中の物珍しい品についても詳しく説明をしていただきましたので、とてもよい時間を過ごすことができました。」
「そうでしたか、それなら良いのですが...」
大名はそれだけ言うと、彼女をじっと見た。かと思うとすぐに俺へと視線を戻して目を細めて笑う。
「実は、あと数日とはなりますが将軍様のお世話をその者に任せることにしたのです。まだ未熟ではありますが、気の利く者ですのでなんでも言ってやってください。」
唐突に告げられた言葉に、後ろの気配が身じろぐのがわかった。俺からは振り返らないと見えないため、彼女が今どんな表情をしているのかはわからない。
自分の娘に興味を示さぬ俺が、わざわざ彼女に案内を頼んだことで彼女であれば望みがあるとでも思われたのだろうか。この際女中だろうとなんだろうと構わぬ、ということか?
随分と必死なものだな、と呆れてしまうと同時に不思議でもある。
ここの者たちからすると、十二分に潤っている土地なのだから、良質な取引ができるわけでもない俺との関係に固執する理由などないだろうに。前々から感じていたことではあるが、ここまでくるとなおのことおかしく感じてしまう。
「お前も良いな。」
「承知いたしました。大切なお客様に、誠心誠意お仕えいたします。」
俺の返事も待たずに話が進められて思わず後ろを振り返ると、彼女は床に手をついて頭を下げていた。それでいいのか、あからさまに別の意図があるだろう、と言ってやりたくなるが、大名がいる手前ぐっと堪える。
それに、正直俺にとっては他の面倒な者たちを相手にするくらいなら、自分に興味を示さない彼女のほうが断然よくはある。ここで時間を費やすことも煩わしく、俺は考えることを早々に放棄した。
「お気遣い感謝いたします。申し訳ありませんが、今日は疲れていますので部屋へ戻って休んでも?」
「これはこれは、気付かず申し訳ない。あと数日とはなりますが、最後までゆっくりとお過ごしください。」
その言葉を聞いて、俺はすぐに立ち上がって部屋を出ていこうとする。後ろで大名が彼女に向かって「よくお仕えするように。」と言っているのが聞こえたが、知らぬふりをしてそのまま部屋へと戻った。
そうしてしばらくなにをするでもなく横になっていると、今度は軽い食事を携えて彼女は部屋を訪れた。
部屋の前で膝をついた彼女を前に、俺は驚いてしまう。
「それは?」
「お昼が少し遅めでしたので、軽いものをご用意したのですがご不要でしたか?」
口を開けたまま固まった俺を見て、不思議そうに首を傾げられる。
「いや、今まではずっと大名たちとともに食事をしていたから、まさか部屋にもってきてもらえるとは思わなくてな。」
「そうでしたか。今後はこちらへとお運びするようにいたしますので、食べ終わりましたら部屋の前に置いておいてくださればこちらで回収いたします。」
「それはありがたいが、いいのか?」
大名が黙っていないだろう、というか許されないだろうと言外に問いかければ、それを彼女は察したようでこくりと頷いた。
「私へと下された命は、将軍様によくお仕えするように、といったものですのでなにも問題はございません。」
「君が責められることにならないか?」
なにを言われたのかわからないといったように、彼女はきょとりとこちらを見る。もちろん、ひとりで静かに過ごせるのならばこの上なく喜ばしいことではあるが、このことで彼女が責められるようなことがあるのならば、あまり良い気分ではない。
「私を将軍様のもとにつけたということは、私の裁量で動いて構わないということです。ですので、残り数日は私に仰っていただければ、できる範囲でそのようにいたしますのでなんでもお申し付けください。それでは失礼いたします。」
彼女は俺の心配もよそに、なんてことのないように言ったかと思うとそのまま戸を閉めて去っていった。
(彼女の裁量で動く...?)
困惑したまま動けずにいた俺は、ふと思い出す。彼女と初めて会ったときに客人の部屋を任されていると言っていたし、やはりそれなりの地位にいるということだろうか?それにしても大名の発言すらも無視できるというのはおかしくないか?いや無視できるわけではないか、彼女の判断で動ける...?
ぐるぐるとこんがらがった頭で、その日はうなされる夜となった。




