第一章 其の五
「いらっしゃいませ~」
窓から柔らかい日差しが入り込む、落ち着いた店についたころにはお昼もとうに過ぎて、閑散としていた。時間がかかることを望んでいたとはいえ、まさかこれほどまでに目移りをしてしまうとは思わなかった。
自分の領地ではまず見かけることがない、異国の商品たちは俺の目にとても斬新に映った。
人で賑わう陽の下を、店頭に並ぶ商品の説明をしてくれるその声を聴きながら、やはり彼女に頼んで正解だったのだと思わずにいられなかった。
俺が気になって目を留めた商品について軽く説明をしてくれるが、こちらが求めない限りは邪魔をしないようにかそのまま口を閉じて後ろで控える。だが、ひとたび聞けばすらすらとこちらが望むものを与えてくれる。それは商品にとどまらず、店の成り立ちや原材料となる素材の仕入れについてなど、その知識はまさに豊富だった。
道中も口をはさむこともなく自由に歩かせてくれて、ようやく海辺へとたどり着いてからさあどうするか、となったのを察してすぐに店の候補をいくつか教えてくれた。
よくできた娘だと思う。
べらべらと聞いてもいないことを喋る者たちとは雲泥の差だ。よほどきちんと育てられてきたのだろうことが窺える。あの大名の屋敷に勤める者たちのうち、どれほどの人がこういった気遣いができるだろうか。
ここ何日か、それなりに使用人たちと接する機会があったものの、柔らかく丁寧な対応ではあれどそれまででしかなかった。
ことり、とお茶が置かれた音で意識は目の前へと移る。
「この店で人気の料理を頼みたい。」
「承知いたしました。」
店の人が奥へと消えていくのを見送り、前に座る彼女を見る。
料理を勝手に決めて注文をしても、文句ひとつ言うことなくぼんやりと窓の外を見ていた。
「君は普段からなにか力仕事をしていたりするのか?」
ここまでの道中、ずっと歩いてきたにも関わらず息が上がるような仕草は見られなかった。おそらく、歩きを申し出た時点で昨日までの案内人だと嫌そうな顔をしていただろうし、実際に歩けば息を切らしていただろう。
「力仕事...ですか?」
視線を窓から俺へと移し、悩むように少し揺れる。
「して、いないと思います。」
考えるように首を傾げる彼女の、顎に添えられたその手を見たときに、俺の問いに対する答えを見つけてとっさに捕らえた。
「言い方を変えよう。君は刀を握るのか?」
触れたその手は、女中らしい少しかさついた手ではあったが、刀を握っている者にできる凹凸も微かにあった。断りもなく急に手に触れたことに怒ることもなく、ただ手をじっと見つめてくる。今日の彼女はどこかぼんやりとしていて、目を離せば消えそうなほどに不安定な気がする。
あるわけがないとわかっていながらも、彼女が消えてしまわないように、些細なことも見逃さないようにと、こちらもじっと見つめた。やがて諦めたのか、どこか面倒くさそうな表情をしながらも答えてくれた。
「...嗜み程度に少しだけ握ることもあります。」
今まで刀を握ったことがある娘と出会ったことがなく、まさか肯定されるなどとは思わなかったために驚いてしまう。そんな俺を見て、ぐっと眉を寄せたかと思うと窘めるかのように低い声を放った。
「あの、今朝のこともそうですが、どうか私のことは他の人には話さないで下さいませ。刀を握ることについても。」
「それはなぜ。」
「お待たせしましたー!この店で人気の鰺の刺身と大根の漬物です!」
彼女が口を開こうとしたときに、ちょうど料理が運ばれてきて手を放してお互いに黙り込む。
給仕が離れたのを確認して、再度彼女が口を開く。
「私のことについて知っているのはあの屋敷でごく一部の方のみとなります。将軍様が私について詳しく知っているとでも思われてしまえば、いらぬ面倒事を被ることになりかねません。」
「それは、任されている大事な役目のせいか?」
「大事な役目...?」
「君に案内をお願いしたときに、大名が大事な役目を任せているから、と言っていた。」
なにを言われたのかわからない、といった顔をしたので細かく話してやれば、なぜか呆れたような表情へと変わった。
「大名様がそのように仰っているのであればそうなのだと思います。」
「君は...」
「将軍様は、面倒事を嫌っているようにお見受けいたします。ならばどうか私について探るような真似はしないで下さいませ。.....私もこれ以上の面倒事は避けたいのです。」
さらに問いかけようとした俺を遮り、彼女は静かに箸を持ち上げて、目の前に置かれた料理に手をつける。話しかけることをよしとされていないその空気に、出かけた言葉をぐっと飲みこむ。
みなまで言わなかったが、やはりあの屋敷の、とくに大名の娘からよくない感情を持たれていることには気づいているらしい。そして、どうやら俺のことについても。
俺はそれ以上を追求することを諦めて、料理に手をつけた。




