第二章 其の七
あれから幾つかの季節が過ぎて冬になった。
彼女もここの暮らしに慣れたようで、当初のように表情硬く、居心地悪そうにする様子は見られなくなった。
「そういえば、今年の冬はかなり冷え込むらしい。」
「そうなのですか?」
「ああ。まあ、ここは毎年ぎりぎりなんとかなっているくらいだから、あまり変わりないかもしれないが。」
仕事を片付ける合間に、こうして雑談ができるほどには関係も変わった。
最初は測りかねていた距離感に、今では一喜一憂することもなくなり、そばにあることが当たり前となった。
「今年も相変わらずだな。」
毎年の少ない領地の収穫状況に頭が痛くなる。何年経とうと増えることはなく、このままいけばなんとか冬は越せたとしてもその次、そのまた翌年の冬...と、どんどん追い込まれていくだろう。今までも、じいやとふたりいろいろと試したりしてはいたものの、どれも成果はなくその場しのぎで帝へと援助を願い出ていた。しかし、いつまでも甘えたままというわけにもいかない。
どうすべきか、とまた同じ悩みに苦しんでいれば、鈴音からいつも仕事の報告をするような変わりない声とともに紙を手渡される。
「念のため、知り合いの商人に備蓄分の食料や資源の確保をお願いしているのですが、雪が降り始める前に運んできてもらうのが良さそうですね。」
「.........ん?」
「たしか、西の倉庫はほとんど空でしたよね?そちらに運んでもらえるように手配しても問題ありませんか?」
「..................ん?」
「えと、西の倉庫は...。」
「いや、聞こえてはいる。聞こえてはいるが、理解が追いついていない。」
俺の様子に、聞こえていないのかともう一度言い直そうとした鈴音に待ったをかける。渡された紙ですらも俺の脳内には意味のある文字として写されていない。落ち着け、とひとつ深呼吸をして再度説明を求めれば、嫌な顔ひとつせずに答えてくれる。
「商人からすでに食料類を買っているのか?」
「冬は毎年苦労をされているご様子でしたので、もし必要になればと早めに取引をいたしました。ひとまずは一年ほどを準備しておりますが、追加で買うことも可能となります。聞けば、最大三年ほどの用意ができる、と仰っていました。ただ、その場合は季節ごとに都度取引を行うかたちとなります。」
もはや開いた口が塞がらない。
いったいなにを言っているのだろうか。足りない分を補うどころか、むこう三年は困らない?
「ですが、いつまでもこのようなやり方では、なにも解決されません。今のうちになにかしらの対策が必要かと思います。商人より、乾燥した土地にも合うとされている作物の種をいくつか買いましたので、そちらもどこかで試せたらいいのですが、可能でしょうか?」
「.........。」
「将軍様?」
なにも言えないでいる俺に気づいて、鈴音はいぶかしげな表情をした。
しかしそれは一瞬のことで、すぐにその視線は廊下がある襖へと投げられる。これについては何度も見た光景だったので、警戒することもなくただ待つ。鈴音はいつも、だれかが来る前にそちらへと視線を向ける。今回もそうなのだろうと気配を探っていれば、少ししてからじいやの声が聞こえた。
「将軍様、今少しよろしいでしょうか。」
「入ってくれ。」
ちょうどいい、と即座に招き入れると、部屋に流れる空気に気づいたのか一瞬足を止めてこちらを見た。なにか言いたそうな表情だったが、基本的にこういうときにじいやはきちんと優先順位をきめて行動するので、このときもなにも言わずにいつもの位置に腰を下ろした。
「なにか緊急性のある話か?」
「いえ、そういうわけではありません。」
「そうか。なら先にこちらの話をしてもいいか?」
「もちろんです。」
はやく共感したくて身を乗り出して言えば、不思議そうにしながらも頷いてくれた。じいやの表情から、いつもは報告を聞くだけの旦那様が自ら話があると切り出すなんて...と思われているんだろうなと読み取れて思わず目が座る。いや、今はそれよりもと咳払いをして誤魔化しながら、もう一度鈴音に向き直った。
「鈴音、先ほどの話はじいやと進めてくれるか?」
「承知いたしました。」
「話、とは?」
いったいなんの話だと嫌そうに顔をしかめるじいやに苦笑する。こういうときの俺が押しつけてくる仕事は面倒ごとが多いと、以前ぼやいていた。そのときは、たしかにと頷けたが今回はようやく見えたかもしれない希望なのだ。もっと喜んでほしい。
「後ほどお持ちいたしますが、商人より幾つか作物の種を買いました。この土地にも合うものがあるかどうかの確認を行いたいのです。よければお立ち会いいただけませんか?」
「種...ですか?」
身構えていたじいやに告げられたのは、厄介事でもなんでもない内容で、ぽかんとする様を横で楽しく眺める。
「はい。冬に向けての蓄えのお話を将軍様としておりまして、今年は商人より買いつけることができましたが、来年以降はどうなるかわかりません。なにより外に頼ることなく自立できればと考えたときに、どうしてもこの土地に合う作物がないことには始まらないかと。」
「あぁ、そういうことでしたか。もちろん私にできることであればいくらでも協力いたしましょう。」
「ありがとうございます。」
小さなことまで細々と話をする必要がないこのふたりはほんとうに貴重だなとひとり思う。もはやこのふたりにすべてを任せてしまいたい、と思ってしまうほどに衝突もなく事が進むから楽でいい。




