第二章 其の四
「それで、なぜこの娘殿を私につける、というお話になるのですか?」
次の日、じいやにある程度の事情などを説明した後に、顔をしかめてそう言われた。
「じいやが人手が欲しいと言ったんだろう。」
たしか、休養へ行く少し前に言われたと思うのだが、まさか冗談だったのだろうか、と首をかしげる。しかし、じいやは「はあぁぁぁぁ」と盛大にため息をついたかと思うと、ぎっと俺を睨んだ。
.........なぜ?
わけがわからないとうろたえているうちに、じいやが彼女を見て問いかける。
「屋敷の管理についてはどこまでできますか?」
「以前居た大名のお屋敷では、すべてを管理しておりました。ここでのやり方や守るべき事項などを教えていただければ、ある程度は可能かと思います。」
まあ、そうだろう。最初は俺もただ賢い娘だという理由だけで連れて行こうと思っていたが、あの屋敷において様々なことを担っていたと聞いた今となっては、とんでもない副産物だ。きっとすぐに馴染むだろう。
「私は貴方のことを信用できません、と言えばどうするおつもりですか?」
「私のことが信用できないのは当然のことかと思います。だからといってどうすることも致しません。ただ与えられた仕事をこなすのみの雑用として如何様にもお使いくださいませ。」
「ならば私がとある人を斬ってきなさい、と命令すれば斬るのですか?」
「どなたか葬りたい方がいらっしゃるのであれば、詳細をご説明いただければできうる限りを持って、最適な方法で黙らせることは可能でございます。」
淀みなく答えた彼女に、ぱかりと口を開けてじいやとふたりで固まる。そのことに気づかない彼女はそのまま真剣な表情で続けた。
「ただ、私自身は力も体力もありませんので、真っ向から勝負をしてこい、ということでしたら少々難しいかと...」
「わかりました。そこまでで大丈夫です。」
聞いていられない、とでもいうように手を突き出して遮りながらじいやは頭を抱えてしまう。
「旦那様が、連れてきた理由がなんとなくわかりました。」
眉間をほぐすように指で押さえ、苦虫を噛み潰したような顔をするじいやに、俺も似たような顔で頷いた。
「わかってもらえたようで、なによりだ。」
「旦那様はこの娘殿を信用なされているのですね?」
「そうでなければここには連れてこない。」
「えぇ、そうでしょうとも。」
さもありなん、と頷かれて、ならばなぜわざわざ聞いたのだと非難めいた視線を送るが、どこ吹く風。もはや呆れてなにも言えやしない。
ひとまず、じいやについての問題が片付いたところで次は彼女だ。
「君は、今までそういった仕事も大名から請け負っていたのか?」
「そういう?......あぁ、いえ。さすがに人殺しを命じられたことはありません。」
その言葉を聞いてほっと胸を撫でおろす。
さすが清く尊くを身にまとい歩く柊の地は、あの大名ですらもそこまで落ちぶれては...いや、彼女の話が本当であれば実の兄をその手にかけているのだから落ちぶれてはいるのか。思わずあの憎たらしい笑みをはりつけた大名の顔が思い起こされて、目が据わる。くそ、やっぱり一発くらい殴っておけばよかった。
などと、じわりと内なる怒りが漏れだしそうになっていると、ぱちんっという唐突な音が響いて我に返る。
「まったく、旦那様の悪い癖ですな。目の前に女人がいるというのに、剣呑な目をして黙り込むなど。そんなことをするように育てた覚えはございません。」
叩いた手をさっと後ろで組んで、にこりとそれはもういい笑顔で首を傾けながらとてつもない圧をかけてくる。まずい、こうなるとじいやはめんどくさくなる。
「す...深鈴、じいやも問題ないようだし、今なにか聞いておきたいことなどはあるか?」
なにかを言われる前に話を逸らそうと彼女に向きなおれば、くすりと笑われる。
「ございません。お仕事につきましてはまたその折にご質問させていただきたく思います。」
じいやに向かって丁寧に頭を下げた彼女を見て、じいやはほぅと息を漏らす。
「教養についてはなにも問題はなさそうですね。旦那様とは違って。」
「ひとこと余計だ。」
「旦那様、なにか発言されましたかな?どうも年老いたせいか、耳が遠くてかないません。」
「いや、なにも。」
「お話を遮ってしまうようで申し訳ないのですが...」
「どうした?」
ばちばちと、お互い笑みをはりつけながらもいがみ合っていると、そろりと彼女が申し訳なさそうに間に割って入る。これ幸いと拾って先を促せば、なぜかじいやの足元へ視線を向けた。
「足を、お怪我されていますか?」
彼女の言葉にばっとじいやを見れば、目を丸くさせていた。
「...よく、おわかりになりましたね。少し前に挫いてから痛みが引かずにこの通りです。」
「なぜ言わなかった。」
肩を竦めながら、ひょいと足を上げるような仕草をしてみせるじいやに苦言を呈す。痛いという表情をすることもなく普通に歩いていたから気づかなかった。
「痛みといっても微かなものです。そのうちよくなりますのでご心配なさらず。」
「もしよろしければ、後ほど薬をお作りいたします。」
「薬を??」
「以前居たお屋敷では作った薬を商人に買っていただくこともありましたので、作った薬自体に問題はないかと思います。ですが、あくまで私個人が作ったものになりますので、抵抗があるようでしたらきちんと医師に診ていただいたほうがよろしいかと。」
薬まで作れるのか?と驚いたのをどう受け取ったのか、苦笑しながらすっと引き下がる彼女にため息をつく。
「じいや、大人しく彼女に診てもらえ。」
「旦那様。」
「命令だ。......すまないが、頼んだ。」
じいや本人の意思ではないことに配慮してか、じいやを見て迷うそぶりが見えたが、最後は頭を下げて飲んでくれた。




