第二章 其の二
かちゃり、かちゃりと陶磁器の音だけが響く場で、静かに食事を進める彼女をちらりと見る。
なんとなく普段からあまり食事をしていない気がして、消化に良いものを厨房に頼んだつもりだが、実際にはどうなんだろうか。とくになにも言わず、表情が変わることもないので問題ないかと思ってはいるのだが、彼女のことなので聞いておくべきか。
「それで、お話というのはなんでしょうか?」
どういう風に切り出そうか悩んでいると、察したかのように向こうから話しかけられる。
先ほどのこともあり、なんとなく話しかけるのが躊躇われていたのに、彼女はいとも簡単にそれらをするりとなかったことにする。ならば、こちらも気にしても仕方がない...とすべてをなかったことにしようと決める。
「その前にひとついいだろうか?」
箸を置いて背筋を正し、こちらに向き直った彼女に苦笑が漏れつつも許可を求めれば、首を傾げられるが拒絶の色は見えない。そのことに安堵しつつ、じっと彼女を見つめた。
「向こうにいたときは、食事はきちんととっていたのか?今日は少なめに頼んでみたのだが、量としてはどうだろうか。普段はどういったものを好んで食べる?」
矢継ぎ早に問いかければ、不思議そうに目を数度瞬かせる。正直、他にも聞きたいことは山ほどあるのだが、質問攻めにしたところで彼女はきっとその心を閉ざしてしまうだろう。これからはなにかと聞く機会はいくらでもあるだろうから、焦らずに、まずは目の前のことからゆっくり知っていこうと、先ほどまで彼女が食べていたそれらを指差す。
「今までは...食事を、とらない日も多くありましたので、これくらいでちょうどいいです。お気遣いいただき、ありがとうございます。」
彼女は少し沈黙した後に、偽ることなく素直に答えてくれた。...と思う。あちらにいたときのような壁も感じられずに、より安堵する。
「それならよかった。なにか食べたいものや要望などがあれば俺にでもいいし、厨房の者に直接言ってもらっても構わない。」
「そこまでしていただかなくて大丈夫です。」
首を振られてしまったが、予想できていたことではあるので問題ない。言うことに意味があるだろうとわざわざ口にした。厨房の者たちにも後で伝えておかなくては。
脳内でやるべきことを書きとめていると、じっと突き刺す視線が向けられていることに気づく。まさかそれが本題なのだろうかという困惑が伝わってくるが、まさかそんなはずもない、とひとつ咳払いをして話を切り替える。
「話、というのは君の今後についてだ。」
ようやく切り出した本題について、彼女は一度、深く息を吸い込んだ。
「もう一度、お伺いいたします。...本当に私を手元に置かれるおつもりですか?将軍様に、このお屋敷の皆様に。ひいてはこの領地の皆様に。なにかあってからでは、遅いのですよ?」
じっと見つめあうこの刹那が、とてつもなく長く感じられる。
怒っているわけでも、馬鹿にしているわけでもない。かといって悲しんでいるわけでもないその瞳に、幾度引き寄せられただろうか。
「君は、俺が一度言ったことを容易く取り下げるような人だと思っているのか?」
怒っているわけではなかった。
だが、無機質になってしまった声に怒っていると勘違いしたのか、彼女はぐっと拳を握りしめて視線を逸らしてしまう。
「道中で何度も話したように、俺の気持ちが変わることはない。もちろん君に無理強いをしたいわけではないから、君が嫌だというのであれば別の形は検討しよう。だが、これだけは忘れないでほしい。」
固く握りしめられたその手をとれば、ずいぶんと冷たい。
熱を、分けるように。その固く閉ざされた結び目を解くように、両手を添える。彼女は何度も、何度も旅の道中で俺に訴えていた。考え直してほしいと、巻き込みたくはないと。だが、そこには彼女自身を思いやるものがなにひとつなかった。俺たちのことについてはこれほどまでに言うのに対して、まるで自分は死んでも構わないとでもいうかのような言い草で、「生きているべきではない」と口にした彼女が死を望んでいるのではないかと思った。ならばなおさら放っておくことはできないと、こちらも頑なに断った。
「たとえ、俺たちの身になにかあろうとも、それはすべて俺の責任だ。君はどうして自分のことは思いやれない?俺たちのことはこれほどまでに気遣うのに、自身についてはまるで無頓着だ。」
「そんなことは...」
「あるだろう。」
否定しようとした彼女を遮り、断定してしまえばぎゅっとその口すらも引き結んでしまう。
「逃げ出したくなったのだろう?自由に生きたくなったのだろう?ならばそうすればいい。他人を気にすることなく、したいことをすればいい。俺を、利用すればいい。」
そう。それでいいのだ。
将軍という地位はそれ相応の責任が伴うものであり、今さら覚悟もなにもない。ただひとつ増えたところでなにも変わりはしない。それに散々彼女を都合よく扱ったのだ。今度は逆に利用してもらえれば、少しは罪悪感も軽くなる。そう、これは自分のためにもなるのだ。
自分の考えに納得できてひとりで頷いていると、ぱっと手の中の温もりが消えた。見れば、またその手を胸の前で握りしめて俯いてしまう。
まったくもって、難儀なことだ。そもそも彼女を強引に連れ出したのも俺の手前勝手な思いからなのだから、なにも気にせずにやりたいようにやればいいものを。




