第一章 其の十五
あまりにも、思いもよらぬ告白で啞然とする。
彼女はそんな俺を無視して、堰を切るように話し続けた。
「今の大名は私の父...先代大名の弟君となります。そして、先代大名を殺した人でもあります。」
「......先代大名を?」
一瞬なにを言われたのか理解できずに、彼女の言葉を繰り返す。口の中で転がしたそれが馴染むことはなかった。頭の中で思い出されるのはお気楽そうにした姿の大名で、そのようにだれかに殺意を持って近づく姿は想像ができない。
それに、そういった話を聞いたことも一度もなかった。
聞いたことがあるのは、先代大名が病で亡くなったために弟君である今の大名が後を継ぎ、今も変わらずに領地をよく治めているといったものだけ。後ろ暗いような噂を聞いたことは、この柊の地においてないとされているほどに潔白であるとされている土地である。しかし、彼女がわざわざ噓をつくようなことをするとも思えない。
「私は幼い頃から、父より大名としてのお仕事を学んでおりました。それを知った弟君が私を手元に置いて父を脅し、ご自分が大名として表にお立ちになりました。父も私もお互いにどうすることもできずに、ただいいなりとなって過ごすしかなく、後に殺されていたことを1年ほど前に知りました。」
ゆらゆらと、揺らめく炎を見つめながら過去を語ってくれたその瞳は、静かに伏せられる。なにを言えばいいのか、もっと詳しく聞いてもいいのか、かける言葉が見つからずに黙り込んでしまう。
「そうか。」
結局、悩みに悩んで出た言葉は自分でも頭を抱えたくなるほどに淡白な相槌だった。
いや、これでよかったのかもしれない。ここで俺がなにを言おうとも、彼女と他人同然の距離にしかいない俺では寄り添うことも慰めることもできないだろう。
ならば、と彼女が自身のことを話してくれたように今度は俺の話でもしてみようか、と口を開いた。そうして俺たちは長い、長い夜を、ふたりで明かした。
ふわりと欠伸をひとつ。
今日は随分と日差しがきつく感じる。いや、寝不足ゆえだろう。俺は夜通しなにかをするのには慣れているが、彼女はそうではないだろう。体力が持つだろうか。
お互いがお互いのことについて初めて話したあの夜から、彼女の父はどのような人だったか、今の柊はどのような情勢なのかなどを細かく話してくれた。「そのように話していいのか」と問えば、自分はもう将軍様に仕える身となったのだから問題はない、という。
苦笑した彼女の言葉に驚きつつも、必死に説得した甲斐があったのではないかと嬉しくなった。ここでいなくなったことにしてくれと、山賊に襲われたでも構わないからと頑なに離れたがった彼女に、気にせずうちで過ごせばいいと幾度も繰り返した。それらを経て、今はこうして逃げ出そうとしない彼女がいることを思うと、そわりと心が浮足立つ。
そっと隣を歩く彼女を見ても、顔色が悪かったりすることもなく、しゃんと背筋も伸びている。そんな様子をみてふと気になり、問いかけてみた。
「もしかして、夜通しなにかをするのにも慣れているのか?」
「はい。あのお屋敷ではほとんど全てのことを任されておりましたので、そういう日も多くありました。」
とくになんの感情を灯すこともなく返された言葉に、こちらの方が眉を顰めてしまった。
「大名を諫める者はいなかったのか?」
「なにをでしょうか?」
「そのように自分がすべきこともせずに、君にすべてを押しつけていたことだ。」
「あのお屋敷でそのことを知るのはほんの数名しかおりません。ひとりは大名との橋渡しのために手伝わざるを得ないような状況でしたが、他に関しては知ってはいても私との接触を厭うておりましたので。それに、私があそこで生きることができていたのはそれらができていたからです。」
父を殺され、父を殺した人の下でひとり生きていかなければいけなかった彼女の人生は、どれほどまでに過酷だっただろうか。他人の悪意や殺意を向けられやすい立場であるといっても、俺は成人をした後のことであるし、幼い頃から周りにいた人たちが常に手助けをしてくれていた。その人たちがいなければ、俺はとうの昔に壊れていたと容易く想像ができた今、初めて人との縁がとても大切なのだと気づいた。
そして、そのことに気づけた俺はよし、と気合を入れる。
もう町の外れまで来ているほどに、彼女とはともに時間を過ごし、話をした。だからこそ自分の選択は間違いではなかったと自信を持って言えるし、彼女がここでなににも苦しむことなく過ごしてほしいと願わずにはいられない。そのために、俺にできることはなんだろう。
「もうすぐで町に入る。そこからまだしばらくかかるから、もし道中で気になることがあれば声をかけてくれ。」
「?」
見えてきた人の影たちに目を眇めつつ、彼女へと言い渡せば理解できなかったのか首を傾げられる。そのことに苦笑しつつも言い直した。
「寄りたい店があれば遠慮なく言ってくれ、ということだ。」
「いえ、私は...」
「気になったらで構わない。」
予想通り遠慮しようとした彼女を遮る。これはなにも言わないだろうな、と思いつつもどんな些細なことでも構わないんだという思いが少しでも伝わればいい。ひらりと馬をおりれば、彼女もそれに倣う。さて久々の我が家だと帰ってきた実感を徐々に抱きつつ、遠くに見える屋敷を目指してゆっくりと歩いた。




