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月鬼桜 ~薄明の願い~  作者: 釉亜


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第一章 其の十一

「もちろん、娘のためだけに提案しているのではありません。」

大名は滔々(とうとう)と、こちらの様子を気にすることなく話し続ける。

「我が柊にはないものがない、と言われるほどに潤沢であるように思われておりますが、実際にはそんなことはありません。今の柊には不足しているものがあるのです。」

「この領地に?」

まさか、と馬鹿にして笑いたくなるほど呆れたように言えば、大名は神妙な顔をして頷いて見せる。大名自身が語ったように、柊という土地にいけば困ることがないと言われるほどに潤沢な土地として有名なのだ。それなのに、これ以上なにが必要だというのだろうか。

「もちろん、ここは資源には恵まれて困ることはないでしょう。ですが、それらに目をつけた輩がこの地を襲わないという保障はありません。そうなった時に、我々はここを守るための武力がないのです。」

なるほど。

言われてみれば、資源などに恵まれて潤っている土地だとよく聞きはするが、武力に関する噂はとんと聞いたことがない。

「そこで考えてみたときに、我々は手を取り合えるのではないかと思い至ったのです。武力に関しては随一の、帝からの信も厚い腕を誇る将軍様は土地に恵まれず、かたや我々柊は十分すぎるほどに資源に恵まれながらも武力を持つことができない...。いかがでしょう?お互いにとってこれ以上の利はないかと思いますが。」


「...。」

大名の言うことは筋が通っている。もちろん、あちら側が一方的に利を得ることができるような、こちらが損をするような内容でもない。むしろ今の俺にとってはこの上なく必要なものであり、欲していたものでもある。だというのに、素直に頷けない俺に「将軍」などという地位は相応しくないのかもしれない。

「この件について、君はどう思う?」

急かすこともせずにじっと返事を待っている大名を放って、目が合った彼女になんとなく問うてみた。だが、瞬時に気を悪くしたように大名が間に割って入る。

「将軍様、この者はただの女中に過ぎません。このお話は将軍様と私がしているのであって、このような女中に意見を求めるのは筋違いかと。」

「ですが、先ほどのお言葉はそちらの者の発言でしょう。」

邪魔をするなときっと睨んで指摘すれば、図星だったのか大名はたじろいだ。その様子に確信を得て、ため息を吐きたくなるのをぐっと堪える。

そうなのだ。

大名が発した、こちらの事情に関することや提案された内容、それらは彼女からも数日前に聞いた言葉だった。そして彼女が今ここにいる理由も、この件の背後にいるのが彼女であることに他ならないのだろう。よくもまああれほどまでに、自信満々な様子で語ることができたものだ。


怒りからか、ふるふるとその身を震わせる大名から視線を外して、彼女をまっすぐに見据える。彼女もこちらの視線をまっすぐに受け止めたが、すぐに俯いてその顔を隠し、冷めた口調で知らぬふりをする。

「申し訳ございませんが、私にはおふたりがなにについてお話をされているのか理解できかねます。ただの女中に過ぎない私には少し難しいお話かと。」

彼女はきっとそれでやり過ごそうとしたのだろうが、俺は彼女の前で安心したような表情をした大名をしかとこの目で捉えた。つくづく不思議なもので、大名の娘といい、大名本人といい、いったいどういう関係性なんだと思わずにはいられない。大名に対して、直に発言できるような女中がそういるわけがないだろうと思えど、もしかしたら柊の地では珍しいことでもないのかもしれないと、一旦置いておくことにする。

「先ほどの大名の言葉は、数日前に君からも聞いたな。いったいどういうつもりでこういった話が持ち上がったのかはわからないが、少しも考えなかったのだろうか。」

大名の口元が引き()り、彼女もさっと顔色を青くする。そうだ、このまま攻め続けろと、悪役になるのなど慣れているだろうと、己を鼓舞しながら反論の隙を与えずに続ける。

「こちらを見下したかのようなその提案に、俺が不快を示さないとでも?いくらこちらにも利がある、といっても先ほど大名が提示されたのは結局のところ、飯をあたえてやるから俺たちのことを守れ、ということだろう。正直俺はこの怒りをそのまま今からぶつけても構わない。強引に奪ってもいい。君が発言をしたことによって柊と松は関係を悪くした、なんてことになればいったいどうなるのだろうな?」

もはや、めちゃくちゃな言い分であることは百も承知だ。だが、こうでもしないと彼女をこちらの舞台まで引き摺り出すことは難しい。なにより、大名が頑なにそれを拒んで必死で止めようとするからだ。

裏にある意図は何なのか。

彼女はいったい何を考えているのか。


しばらくは誰も口を開かなかった。

時間が経てばたつほどに、大名の気は剣呑なものへと変わり、果ては彼女へと向かう。けれども、彼女は先ほどの動揺をすぐに沈めて、小さく嘆息したかと思うと彼女自身が発言をすることはなく、なにかを大名へ耳打ちした。

「...こちらの考えが至らず、ご不快にさせてしまい申し訳ない。こちらとしては本当に双方に利益があると思ってのご提案でした。どのような部分が気に入らなかったのかを教えてはいただけませんか?できるだけ改善はさせていただきましょう。」

あと少し、というところで彼女へと繋がる糸が切れたかのような脱力感に襲われる。

「こちらとしても、非常に興味深いご提案でした。ですが、あくまでそれだけです。このような取引は、別に柊ではなくとも他にも我々の武力を欲する方たちはいくらでもいるのですよ。俺としては柊と手を組む理由が特に見つかりませんでした。」

すべての気持ちを奥底に沈めて、にこやかに、けれども相手を見下すように笑って見せる。そしてこれまでずっと言いたかった嘘偽りない本音を鋭く吐き出した。

「ましてや、貴方の娘殿を背負わされるなど、ご免被る。」

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