第一章 其の十
「ああ、来てくださいましたか。」
案内された先、こじんまりとした部屋には大名がひとり綺麗な絵が描かれた襖を背にして座っていた。
話をしたいと思っていたところでの呼び出しだったので、なぜ、という困惑がないわけではなかったが、こちらとしては都合がよいので黙っておく。
「じつはまだ話したりないと思っていたので、こうして呼ばせていただきました。まわりに人がいるときに話すのもどうかと思いまして。」
だれかに聞かれたくない話ということか、と思いつつ促されるままに正面へと腰掛ける。
「このように改まってのお話とは...いったいどのようなご用件でしょうか?」
「単刀直入に言いましょう。うちと友好関係を結ぶつもりはありませんか?」
こちらから用件を伺えば、大名は嬉しそうににこりと笑い、唐突に核心に迫る発言をした。あまりにも唐突であったが故に、取り繕うこともできずに眉をひそめてしまう。だが、大名は気にした様子もなく続けた。
「知っての通り、うちは資源に恵まれておりますのでそちらと優先的に取引をしてもなんら問題はありません。どうやら将軍様はずいぶんとお困りのようでしたので、なにかお力になれればと思った次第です。」
ふと、どこかで聞いたような内容だな、と既視感を感じた。どこかこちらを馬鹿にしているような笑みをはりつけた大名に怒りも同時にこみ上げるが、そもそも大名の誘いに乗ってここまで来た理由でもあるために、この怒りをあらわにする権利などないだろうと冷静にもなれる。実際ここ数年は不作続きで、裏では帝に支援の打診をしていたほどだ。傍から見てもわかるほどにひどい状況だということか、と今は離れた地を再認識する。
「代わりになにをお求めで?」
だが、だからといって一方的な支援などありえないことも理解している。いくら資源に余裕があると言っても、有限である上にこのようにいくらでも取引をする相手はいるだろう。ならば、俺に対してこのような話を持ち掛けてくる理由は、なにかしら俺に求めるものがあるのが明白だ。向こうからすればこちらを手助けする理由などないのだから。
「話が早くて助かります。うちの娘をどうかもらってください。」
ますます笑みを深めた大名の顔を睨みつける。予想できていたことではあった。今までの振る舞いを考えれば望むものはそれなのだろうと思ってはいたが、もしかしたら他になにかあるのかもしれないと少しでも期待した自分が馬鹿らしい。
「...それは、娘御のご意向ですか?」
ずっと不思議だった。仮に、大名の娘が俺に対して気持ちがあったとしても、なんの利益にもならない貧しい土地しか持たない俺へと嫁がせる理由はこの大名にはない。それとも娘かわいさに利益がなくともこのようなことが言えるのだろうか?
「それもあります。」
それも、ということは他にもあるということだ。年老いたその顔をじっと見つめると、俺の苦悩などわかっているとでもいいたげに大名はひとつ頷いて見せた。なにを考えているのかが見えない。だが、徐々に落ち着いてきたおかげか、目の前に存在する大名以外の存在が今になって気になり始めた。自分でもどうしてかはわからないが、気づけばその違和感を指摘していた。
「話を続ける前に、そちらにいらっしゃる方も交えてお話をしませんか?」
いつも大名のそばに控えていた家臣とは違う、この部屋まで案内をしてくれた男でもない、ただただ薄く敵意もなにも感じられない、ともすれば空気に溶けてしまいそうなほどに静かな気配。それを追って襖の向こうをじっと見つめれば、大名の表情が一瞬忌々しそうに歪められた気がしてすぐに視線を戻しても、いつものように人の良い笑みを浮かべていただけだった。
「おや、気づいておられましたか。なにかあった際にすぐに動けるように、信頼できるものをひとり付けておりました。気を悪くされたのであれば申し訳ない。」
「顔も見えないだれかに話を一方的に聞かれているのは、これから取引をしようとしている相手としてはとても不安です。」
言葉のわりに悪びれることもせずに上辺だけの謝罪をされて、ならばこちらもと皮肉をまぜて返すが、これは本音ではある。いくら大名の手の内の者だといっても、こちらからすれば信用できるかどうかなどわからない何者かに、盗み聞きのような真似をされるのは不愉快でしかない。
心底不愉快だ、というように放った皮肉がきちんと伝わったようで、どこか苦虫を嚙みつぶしたような顔をしながらも諦めたように襖へと向けて声が投げられた。
「入ってくるといい。」
少ししてから開けられた襖の奥に見えたのは鈴音だった。
今度こそ、驚きで心臓が飛び跳ねる。先ほど、大名は有事の際の信頼できる者、と発言していなかったか?てっきり腹心かなにかだろうと予測していたのに、思いがけない人物の登場により頭は一気に混乱する。
それなりに言葉も交わしていたので、関係値はきちんとあるのだろうと思ってはいたが、このようなときですら傍に置くほどに大名からの信が厚いのか?いや、大事な役目を任せていると言っていたのはこのことか?ともはや混乱を極めすぎてなにも整理できなくなった頭はなんの役にも立たない。
そんな風に取り乱した俺とは違い、彼女はなんの表情も浮かべずに無言のまま部屋へと足を踏み入れて、大名の後ろへと移動した。
「さて、これでよろしいでしょうか?それでは話を続けましょう。」
大名は、そんな彼女に満足そうに頷くと俺に視線を戻して気味の悪い笑みを浮かべた。




