道は同じ 9話
次の日の放課後、また僕は校舎裏に向かった。そこには、根岸と能見さんと、なぜか、野本と新島さん、高見さんまでいた。
こんな話聞いていない。野本が来るなら先に言ってくれないと。僕だって用意というものがあるんだから。用意なしで野本と戦うとか無理なんだけど。主に精神的に。
「野本さん。呼び出しに応じてくれてありがとう。実は今噂になっていることで聞いたいことがあるんだ」
この場を取り仕切るのはやっぱり根岸だ。
「何かな。できれば、彼がいない方がいいんだけど」
この場に男は僕1人だから、間違いなく僕のことを言っているよな。僕だって野本と同じ場所にいたくないよ。今だって身体が震えているんだから。
「それはできない。井上からも話を聞かないといけないから」
「そ。まあ、彼を近づけないのならいいわよ」
そんなの僕の方からお断りだ。お前に何度刺されたことか。近づくのは恐怖なんだよ。
「ああ、それは大丈夫だ。彼は私の後ろから動かさないから」
根岸がそういうのなら、僕は根岸の後ろにずっと隠れていよう。包丁を出されても、根岸の後ろにいれば安心だから。
「わかった。それで聞きたいことって?」
「今流れている噂のことだ。野本さんは、井上に告白されて、それを断ったら暴力を振るわれたって?」
「ええ、そうよ。こっちにはちゃんと証拠があるから。見てよ、この腕。あざができているの」
「それは本当に井上に殴られたの?」
「そうよ。振られた腹いせに私は殴られたの」
そんな嘘をよくも堂々と。
「じゃあ、これは何?」
根岸は野本にスマホの画面を見せた。多分、僕がグループに送った野本とのトーク画面だ。
「そんなのいくらでも偽造できるでしょ。私の連絡先を知っていたら、私のアイコンの写真を手に入れることだってできるし。そんなの証拠にならないわよ」
「じゃあ、野本さんのトーク画面を見せてくれる?」
「もう消したから無い」
「じゃあ、井上のスマホを見るか?」
「……そいつのスマホなんて触りたくないからいやだ」
「大丈夫だって、井上のスマホは私が確認するから。なんなら、隣の新島さんや高見さんにも確認してもらうってことでもいいよ」
「は、そんなことして何がしたいのよ。私はその男に殴られた事実は変わらないから」
野本の言葉に腹を立てた僕は、野本の告白現場を録音した音声を音量を最大にして流した。
“
「急に呼び出してごめんね。今日大丈夫だった?」
「うん。特に用事はなかったから……」
「それで話なんだけど……実は前から、井上君のこと気になっていて、よかったら私と付き合ってくれませんか?」
「ごめん。実は他に好きな人がいるから、君の思いには応えられない。ごめん」
「……そっか……ううん。私の方こそ、急に言い出してごめんね」
「そろそろ戻ってもいいかな?」
「うん。大丈夫だよ」
”
「これのどこが僕から告白したって? あざがあるだけでは僕が殴った証拠なんてないじゃないか」
「録音するとか最低」
それはお前だけには言われたくない。
「嘘の情報を流して人を陥れようとしている奴の方がずっと最低だろ!」
流石に録音したのはまずかったか。何やらみんな引いているぞ。
「……結衣。どういうことなの? 振られた腹いせに殴られたって言ってたよね。告白は結衣の方からしているじゃん⁉︎」
隣にいた新島さんがこの場で初めて口を開いた。声を荒らげながら。
「違うよ。あの男が全て仕組んだことだよ。私の声を勝手に使って、あの男が勝手に作った偽モンだよ。その声が私だって証拠はあるのか?」
ピリピリとしている空気の中、根岸が冷静に言う。
「人の声を録音して機械で音声を作るには100音以上の言葉が必要だ。野本さんと接触をしていなかった井上には不可能だ」
「そんなの日常的に取り続けていたらいくらでも大丈夫だろ」
「無理だ。雑音が多すぎて、野本さんの声だけを拾えない。野本さんの言うように教室で録音をしたと言うのなら、他人の声が混じっていないとおかしい。でも、井上が流した音声には雑音なんて車の走行音と楽器の演奏音しかなかった。私は作られた音声ではないと思う」
「はあ、あんたの意見なんて聞いてないんですけど。とりあえず、その男が私を嵌めようとしているってことはわかったわ。どこまで最低な男なの」
これはあまり表に出したくなかったけど、こうなったら仕方ないよな。野本が反省をしないのであれば、僕だって手段を選んでおけない。秘密兵器をここで使う。
“
「はあ。また振られた。今度はどうしようかな。またあの時と一緒でいいか。私を振るからそうなるんだよ」
ドンッ
「痛っ! これで、明日にはあざになるな」
”
そう全ては野本の自作自演。あざは自分でつけたもの。そしてこれは動画なのだ。この動画のどこにも僕の姿はない。
「結衣……全部説明してもらうよ。どう言うことなの?」
流石の新島さんでも怒りは心頭に達していたみたいで、苛立ちを隠せずに声を震わせていた。
「ち、違うって。全部あの男が仕組んだことだって。私は嘘なんて吐いていないから」
「私はさ、井上君とはクラスが違うから、どんな性格の人なのか知らないよ。結衣が相談してくれた時、なんて酷い人間なんだって思った。けど、どう考えたって井上君には不可能でしょ。結衣、本当のことを話して」
「だから私は嘘をついていないって。全部あいつらの嘘だって」
「あいつらって、私たちも入っているのか?」
根岸も相当頭に来ているようだった。
「あんたも私を陥れたいだけだろ。そんなことして何が楽しいの。私をいじめたいの。最低だね」
「どっちが……」
根岸が野本に1歩近づいて一触即発のようになったが、そこに新島さんが割り込んで野本の頬を平手打ちをした。
「最低、何するの?」
「最低なのはお前だ。そんな奴だとは思わなかったよ」
「何? 優奈も井上側につくの? 友達だと思っていたのに」
「それはこっちのセリフだ。結衣。あんた人として終わっているよ」
「キモッ。なんなんだよ。みんなして。そんなに私を陥れたいか。私が可愛いから、いじめたいだけなんだろ。人間として終わっているのはどっちだよ」
もう1発新島さんが頬を叩ことしたのを根岸が必死に止めていた。
「お前なんか友達じゃないから!」
野本は1人で走り出した。その野本を誰も追いかけることはせず、全員で野本が去るのを見守った。
「じゃ、私も帰るわ」
高見さんはなんでこの場にいたんだろうか。ずっとスマホを触っていた。一言も喋らなかったし、野本の味方ってわけでもなさそうだ。
荒れ狂っていた新島さんは根岸に一言謝って、こちらも1人で帰って行った。取り残されると思った僕は、2人を置いて先に帰った。