匠 Takumi
私の名は深井と云って、新宿の外れにある小さなバー「Umemura’s」の常連の一人である。常連といっても月に1~2回ほど通う程度だが、この店のマスター“梅村氏”は私のことを深井先生と呼ぶ。実は今から二十年ほど前、私が大学生で梅村氏が中学生だった時分、個別指導の学習塾で講師のアルバイトをやっていた時の受け持ちの生徒が梅村氏だったのだ。彼は学業優秀だったが幾分ミステリアスな雰囲気を持っており、同じ中学校の生徒からは「梅村氏は味噌汁と会話をしているらしい」とか「学校の休み時間にシャーペンに話しかけているところを目撃した」等の珍奇な噂をよく耳にした。世を拗ねたようなクールな頽廃性を備えていた反面、中学生でありながら、私がお酒の話をするとよく食いついてきた。蒸留酒やリキュール、カクテルのきらびやかな世界の話をしてやると梅村氏は、憂いを帯びた醒めた瞳を輝かせ、甘美な洋酒の世界に想いを馳せていた。まさか将来、彼がプロのバーテンダーになるとは夢にも思わなかったけれど、その端緒となったのが他ならぬ私であるということに一抹の責任は感じている。
今日は思いのほか仕事が早く片付いたので帰りにJR中央線の某駅で途中下車して、駅前の大通りから一本裏道の路地に来ている。安易な懐古趣味は高尚なものとは思えぬが、それでも嘗ての風情を残した町並みは悪いものでは無い。「もつ鍋処 パイルドライバー」みたいな看板も風流だ。小柄でがっしりした体躯の、灰色のスーツを着てギターを抱えた流しの演歌歌手がゆらゆらと歩いている。そういえば昔、私の母が若い時分にこの界隈に住んでいたらしく、当時「金魚ちゃん」という、いつも妖艶な着物でめかしこんだ女装の麗人が居たらしい。「あら金魚ちゃん、今日はどちらへ?」なんて軽いやりとりに気さくに応じる、粋な男性だったそうである。
通りの左側に、やっと目当ての文字が見えた。ボロボロの立て看板だが、たしかに「匠」とある。何年か前に、梅村氏に「なあ梅村氏。何処か、面白いバーはないかなあ」と聞いたときに、「先生、匠というバーはおすすめですよ。深井先生はきっとお好きかと思います」と教えてくれた店だ。真っ暗で急な下り階段を下りて、重い木の扉をギイイ、と開けた。
店内にはマスターが一人だけ。白髪交じりの角刈りで、歳の頃は六十くらいか。先客は無かった。カウンターが6席とテーブルが2つ、思っていたほどこぢんまりとしてはいないけれど、何か甘えを許さぬような、硬質な空気が漂っていた。店に流れていたBGMは、AMラジオのNHKニュースだった。これがもし梅村氏の店だったらナベ君のピアノが奏でるジャズやブルースだったり、ティナの屈託の無い笑い声なのだが……NHKのアナウンサーは、明日の東京が曇りであることを伝えていた。
少し緊張しつつ、カウンターの一番右端のスツールに腰掛けた。はて、何を注文したものかとしばし案じたが、結局マーティニを注文した。初めて入ったイタリアンの店でアーリオ・オーリオ・ペペロンチーノを注文したり、町中華で一番シンプルな野菜炒めを注文して「店主の腕を見定めよう」的なスノッブな所作は品の良いものではないと心得ていたはずなのだが、何故かこの店では、最初にマーティニを頂きたくなったのである。
ほどなくしてマーティニが提供されたのだが、それはもう見事な代物であった。生涯にてジンとヴェルモットのバランスがこれほど良いマーティニに出会ったことはなく、またこれから先も出会うことはないだろうと直感的に思わされたほどだ。そして、マスターは、今のところ一言も声を発していない。何かツマミを頂けませんか? と尋ねると、マスターは無言で小さなホワイト・ボードを取り出し、つらつらとツマミの品目を書き出した。私はクリーム・チーズとサラミの盛り合わせをお願いした。
その後もずっと押し黙ったままのマスターの前でアイレイ・モルトやコニャック・ブランディーを二、三杯いただいて勘定をお願いし、私は一万円札を出した。その時、マスターは、初めて喋った。かすれた、ほとんど聞き取れぬような小さな声で「細かいの。細かいの」と云ったのである。私は慌てて一万円札を引っ込めて、千円札数枚にて会計を済ませた。
世の中に魅力的なバーは沢山あるけれど、「匠」に関しては、何か頭の中がぼうっとするような不思議な余韻を残した。もう一度行ってみたくなって、三ヶ月ほど後に再訪した。だが、店は無かった。煙のように、忽然と消えていたのである。狐につままれたような気がした。
後日、Umemura’sを訪れた際に梅村氏に事の顛末を話した。彼はリキュール・グラスに緑のシャルトリューズを静かに注ぎながら、小さく頷いた。
「ふむ……深井先生、お店に向かう途中、路地裏の右手に小さな赤い鳥居を見ませんでしたか。あすこに昔からのお稲荷さんがありましてね、そこに祀られてる狐が時折、先生のような行き擦りを化かすことがあるんです」
「ええっ!? マジか……」私は思わず椅子から転げ落ちそうになった。ティナがケラケラと笑い声を立てた。「はっはっは、軽いアメリカン・ジョークですよ先生。匠のマスターは、先生がお店にいらっしゃった直後に亡くなったそうです。ご病気が相当悪くてね、もうほとんど声も出せない状況でカウンターに立ち続けたとか。健気なことですよ、もともと饒舌で話し好きの人でね、冗談が好きな人だった。きっと先生とも、軽妙な会話を楽しみたかったことでしょう」
こんど満月の夜に再び、路地裏を訪ねてみよう。うまい具合に狐に化かされれば、また匠のマスターに会えるやも知れぬ。今度は、トークも楽しめるかも。ごちそうさま、と梅村氏に礼を述べて店を出ると、清澄な秋の夜空には上弦の月が掛かっていた。




