第6話 掲示板あるいは掲示板とみなした壁面に
学生会臨時総会開催に関する掲示物は、その日のうちに再掲示された。そして同時に、当初掲示箇所が隣り合っていていた先日の布告の掲示物は、当然のように破り捨てられた。もはや、掲示物に対するこの破壊は、当然の報復とみなされるようになっていた。
この日以降、大学構内の掲示板では、陣取り合戦のような争いが繰り広げられることになる。
第一同胞団の側は、布告の写し。
第二、第三、第四、第五同胞団の側は、学生会臨時総会開催の報知。
両派が自陣営の掲示物をひたすらに複製し、それで掲示板を埋めつくそうとする。そして互いに、相手陣営の掲示物を、辱めるかのように汚損するのだ。
もはや帝都大学の学生の誰もが、その二つの掲示物の内容を知っていた。周知という点で、掲示物としての役割はすでに終えているといえよう。それだというのに、本来の目的というものを超越し、この戦いは継続した。
いつしか戦線は拡大し、もはや既存の掲示板だけにはとどまらず、単なる壁や講義室の黒板などにも掲示物は氾濫し、講義を受け持つ教授たちを辟易させることになる。
この平面上の陣取り合戦は、掲示板あるいは掲示板とみなした壁面における占有率を競っており、一種滑稽なほどに様式化されていて、儀礼的な戦いであった。──しかし一方で、双方に潜在する一部の粗野な学生たちにとっては、またとない暴力のきっかけとなった。
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所属する講座の薄暗い研究室にて、シクストはぶつくさ文句を言いながら、木箱の運搬を手伝っていた。
一通り運び終わると、梱包を解いていく──
荷物の中身は、はるか昔の解放戦争時代の鎧兜だ。その様式は鈍重かつ大仰であり、今現在街中で見かける治安兵の軽装鎧とはかけ離れた、まさに人間と人間が殺し合いをしていた野蛮な時代の物理的側面を示唆していた。
そんな重装鎧が十数領もあれば、薄暗い研究室の中はなんとも窮屈で、一仕事終えたあとのシクストはそのひっ迫感に苦々しい表情を浮かべた。
「随分とまあ、教授も人使いが荒い。もらえる成績と比べると、この重労働は割に合わないかも」
「べつにいいじゃないか、シクストくん。どうせきみは体力を持て余しているんだから」と、歴史学の教授はにべもない。「昨日も、法学部の学生たちをいじめたらしいじゃないか」
「いじめなんて、そんな! おれ一人に対して、あいつら第一同胞団の連中は集団でくるんだ。それに、先に手を出してきたのは向こうの方です」
「それはきみが、相手方の掲示物を破いて回って、挑発しているからだろう」
「さきに仕掛けてきたのは第一同胞団の方です」
「まあ、なんでもいいよ。問題は、きみたち学生会のいざこざが、こっちにまで飛び火するかどうかということなんだから。巻き込むのだけはかんべんしてくれ。頼むから暴力沙汰は、建物の外でやるようにしてくれよ……」
ちょうど教授がそうこぼした時。研究棟の外で、なにやら怒声があがった。
シクストと教授は、思わず顔を見合わせた。
「──では、教授。おっしゃるとおりに、外で暴れてきます」
言うが早いか、シクストは研究室を飛び出した。