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第3話 生まれて初めて女という生き物を見たかのような


 粗野な学生連中がはやし立てる声にも耳を貸さず、彼女は安居酒屋の中をぐるりと見渡し、やがて奥の個室へと向かい、ツカツカと歩きだす。

 シクストは、座った席に面した通路をすれ違っていく彼女の姿を見て、なんだか奇妙な気分になった──つまり、生まれて初めて女という生き物を見たかのような、不安で心もとない気分になった。

 彼女は、帝都大学の制服を身にまとっている。女学生ということで間違いはないだろう。

 彼女のその顔立ちは、いくつも年上のようにも見えるし、同時に、仰々しい化粧を施された幼い娼婦のようにも見えた。

 なにより印象付けられるのは、彼女のその吊り上がった角度の眉だった。怒りにも似た強烈な感情がそこに込められているようで、その眉の印象が、彼女の目鼻の感情や美醜を複雑でうかがい知れないもののようにしている──

 シクストは無意識のうちに、身を乗り出して振り返り、彼女の姿を目で追っていた。

 ──いまや、ガラの悪い学生たちが飲んだくれる安居酒屋は後退して、ぼやけた背景となっていた。焦点はただ彼女にあった。

 やがて彼女の姿は、奥の個室に消えていく。


「あの部屋に入っていったってことは、同胞団のなんかか?」と同席者がぽつりと漏らすのを、シクストはきいた。この居酒屋の奥の個室は、学生同胞団の幹部の会合によく使われており、非公式ではあるが学生会政治の実質的な拠点の一つである。

「あれ、イエヌーフカだよ。法学部では有名人さ」と、ひとりが得意げにいった。「彼女、何年も前に学校を去っていたんだけど、最近になって復学してきたんだ。歳は、おれらよりもずっと上のはずだぜ」

「休学?」

「知っているだろ。当時の法学部の教授が、大逆罪の疑いでとっ捕まえられたんだよ。あのイエヌーフカって女は、その教授の直弟子の一人さ。教授が投獄されてからは、教授の講座に参加していた学生たちも帝都にいられなくなって、散り散りになっていたんだ」

「それがいまになって戻ってきたのか。大学側もよくそれを許したよな」

「噂では、女の武器を使ったとか、なんとか」

「ふーん。……そんな女が、ここになんの用があるんだ?」

「さあ?」

 

 シクストは改めて、彼女が消えていった個室のドアをみた。

 

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