第2話 疲労感の名残に浸っていた
自然発生的な乱闘状態が自然解消されるまでの間に、シクストはとにかく暴れ回った。
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いつのも安酒ではあるが、今日にかぎれば勝利の美酒でもあった。
帝都大学からほど近い安居酒屋の、いつもの端席。シクストは、椅子にもたれて、酒杯をじっと眺めながら、疲労感の名残に浸っていた。店内の喧噪は、どこか遠くから聞こえてくるようだった。
時が立つにつれて興奮状態は徐々におさまり、それによって覆い隠されていた細々とした損傷が立ち現れてくる。
あちこちをすりむき、細かい切り傷も負った。全身の筋肉は疼くように痛く、息をするたびに喉や肺が擦れる──しかし、悪くない気分だった。
いつもの骨牌仲間も次第に集まってくる。皆、シクストと同様に貧しい家の出の学生たちだ。彼らは席に着く前にシクストの肩を軽く叩き、ほめそやした。
「よお、シクスト。掲示板前での暴れっぷり、見てたぜ。大した腕っぷしだったじゃないか。おみそれしたよ」
「……前にも言ったことはあるだろ。おれは田舎で、何度も農民一揆に加わったことがあるって。荒事には慣れっこさ。都会育ちのもやしっ子じゃあ、相手にならんよ」
「はは、そうかい。なんだったら、俺も一発、第一同胞団のやつらをぶん殴っておけばよかったな──」
やがて人が集まれば、話題はもちろん、皇帝と帝国政府の名の下に掲示されたあの布告についてだ。
他の面子が深刻そうに話すのを、シクストはぼんやりと聞いていた──
「しかし、大変なことになったな」
「大学側は──というか皇帝は、どこまで本気なんだ? 本当に学生会の一切合切を、第一同胞団にくれてやるつもりなのか?」
「もはや皇帝の治世はガタガタだからな。第一同胞団の学閥に便益を図ることで、帝国政府内の歓心を買おうとしているんだろ」
「それか、帝国政府内部の高官がそれを皇帝に要求して、もはやそれを拒む力もないか、だな」
「あの布告って、法的にはどうなんだ?」
「法律上は、大学の自治というものがある。あの布告に法的な根拠は一切ないよ」
「あの皇帝のやることって、そんなんばっかだな」
「どうなるんだろうなあ、おれたち」
「まさか第一同胞団以外は即刻退学、なんてことにはなるまいな」
「まあ、このままだと、名実ともに二級市民ってことだろうよ……」
同席者の皆が酒杯を傾け、暗澹とした沈黙があった。
その時、店内のざわめきの中に困惑と好奇の色が走った。
シクスト達もそれにつられて入口の方を振り返ってみれば──そこにいたのは、この場にいるわけがないもの、いるべきでないもの姿だった。
すなわち、それは女学生の姿だった。