第八章(6)
大聖堂で巫女から話を聞いたフィアナだが、前回、話を聞くことができなかった上巫女らから、気になる話が聞けたのだ。
――アルテール殿下は、聖女様を脅しているようです。
その真偽を確認するために、巫女らから話を聞き終えたフィアナたちは、すぐにアルテールの元へと向かった。
彼はフィアナの顔を見るや否や嫌そうに顔をしかめたが、大聖堂に騎士団が突入し、地下室にある大量の魔石を押収した事実をつきつければ、意味深に口元を歪めた。
『殿下が、聖女様を脅していたというのは事実ですか?』
フィアナが詰め寄れば、彼もこれ以上の隠し事は無駄だと観念したのだろう。
ぽつり、ぽつりと、自身がラクリーアへ行った仕打ちを話し始める。
ナシオンの「くそが」という心の声が聞こえたような気がした。
アルテールはラクリーアを王城の裏庭にある東屋に呼び出し、身体の関係を迫った。ラクリーアには必ず護衛の騎士がついているが、ラクリーアが命じれば側を離れることもあると、アルテールは知っていた。
だからそうするようにと指示を出す。その指示に使ったのは、ラクリーアと通話ができる魔道具だ。あまりにもアルテールがしつこいからという理由で、ラクリーアが誰にも知られずに会話ができる方法として、提案したらしい。
そうやってラクリーアに迫ったアルテールは、すでに彼女の純潔が奪われていたと気がついたようだ。
そして、彼女が拒まないようにと、脅しに使ったのが短剣だった。
情事を済ませたアルテールは、放心状態のラクリーアをその場に捨て置いて、さっさと逃げ帰った。
悪気もなく、さらりと事務的に伝えるアルテールに、ナシオンの(くそが)という心の声が聞こえたような気がした。
『どうやら、そのときに短剣を落としたようだ……』
自身を守るための短剣を、脅しに使うからだ。
そう言いたくなったフィアナだが、その言葉をぐっと呑み込んだ。
『殿下は聖女様を殺していないと、主張なさるのですね?』
『当たり前だ。おまえたちの穴だらけの捜査で犯人にされるだなんて、たまったものではないな。騎士団は、もう少し真面目に捜査しろ』
そのように言われても、捜査の権限は第一騎士団が握っている。情報部所属のフィアナは、よっぽどのことがない限り、捜査そのものにくわわることはないのだ。
しかし今、よっぽどのことが起こっている。
『では、お尋ねしますが。アルテール殿下は、どなたが犯人だとお思いですか?』
『は。そんなの知るか。だがな、あれは俺を犯人に仕立てようとした罠に決まっている。俺を呼び出して、ラクリーアの死体を見せつけて。まして凶器が俺の短剣だなんてな。あの場に俺がいたようにしむけたかったのだろう』
『……ですが、殿下は聖女様から呼び出されたわけですよね? その、言葉のやりとりができる魔道具を使って』
『そうだ』
もしアルテールの言葉が事実だと仮定した場合、考えられる犯人は誰だろうか。
(もしかして、聖女様は……自分で……?)
この問題は、持ち帰りだ。この場で結論づけるには時期尚早だと判断した。
そうしてやっと司令室へと戻ってきた。その頃には、すでに外は暗かった。
ずきりと、こめかみが痛む。
「……おい、フィアナ。大丈夫か?」
はっと顔をあげると、ナシオンがこちらをのぞき込んでいた。
「急に黙り込んだから、眠ったのかと思った」
「あぁ、すみません。少し、考えごとを……」
だけど少しだけ意識を飛ばしてしまったのも事実。
ナシオンが淹れた渋めの紅茶を飲んで、目を覚ます。
「……アルテール殿下の話を聞いたら、やっぱりわからなくなってしまいました」
「何が?」
「……犯人ですよ。聖女様を殺した真犯人……」
「犯人がアルテール殿下説は完全に消えたのか?」
そう問われると、完全に消えたわけではない。もしかしたら、という気持ちがないわけでもない。
「仮に、アルテール殿下でないとしたら、誰が犯人だと思うんだ?」