第八章(2)
淡々と言葉を紡ぎ出すイアンに、フィアナは耳を傾ける。
聖女になれるかどうかは、魔石の力を使いこなせるかどうかによるものらしい。
魔石の力を使いこなせると認められたら、その巫女は聖女と呼ばれる存在となるのだ。聖女とまではいかなくとも、魔石を利用できる力が認められれば上巫女と呼ばれるようになる。上巫女と呼ばれる彼女たちは、たいてい十八歳前後で力が発現するらしい。
しかし、それには代償が伴う。
一度、魔石の力を覚えた身体は魔石を欲するようになる。
「魔石を欲するって、具体的には魔石をどうしているのですか?」
フィアナが思いつくのは、魔石に触れることくらいだろう。だが、イアンの話を聞いているかぎり、聖女と魔石の関係はもっと深いもののように思えてきた。
「聖女や上巫女たちは、魔石を食べて生きているのです」
「えっ?」
自分の声とは思えぬような声を、フィアナは無意識に発していた。
「聖女になれる力があるかどうかを判断するとき、教皇らは巫女らに気づかれぬよう、彼女たちに魔石を食べさせます。それはお菓子の中に細かく砕いて紛れこませるのです。あの年の彼女たちにとって、お菓子は魅力的な食べ物ですからね。それからしばらくして、神聖力と呼ばれるような力が発現したら、その巫女は聖女として認められます。それから数年後、じんわりと魔石が身体に馴染んだ頃、微力ながら力が発現した巫女を上巫女と呼びまる。ですから、巫女らにとって十三歳前後、十八歳前後が彼女たちの将来を決める境目でもあるのです」
「つまり、神聖力と呼ばれる力は魔石によるものだと?」
「そうです。体内に魔石の力をため込み、それを神聖力として使っているのです」
にわかには信じられない話だ。だが、神聖力という不思議な力を持つ存在そのものも、冷静に考えれば信じられない話だ。
「では、その魔石の力を取り込むのをやめれば、神聖力は失われるということですか?」
「そうです……ですが、一度魔石の力を知った身体は、魔石を欲するようになります。それをやめれば、待っているのは死のみ」
ようは、一度魔石を食べて魔石の力を利用できるようになったら、その後は、つねに魔石を食べ続けなければならないということなのだろう。
食べても何も反応がなければ、魔石の力を受け入れる器ではないと判断されるようだ。
フィアナは知らぬうちに眉間に力を込めていた。魔石を食べるという行為が想像つかない。
「ですが、聖女の魔石は教皇が、上巫女の魔石は枢機卿が管理しています。だから彼らの許可がなければいくら聖女であっても、魔石を手にすることはできません。もちろん、上巫女の彼女たちも……」
そこでイアンは言いにくそうに顔を伏せた。
フィアナはさっと考えをめぐらせる。
魔石が必要となった聖女や上巫女。その魔石を管理しているのは教皇や枢機卿。となれば、彼女たちの命を握っているのは彼らとなる。
――ラクリーア。あいつは純潔じゃなかった。すでに奪われたあとだったよ。聖女なのに、おかしいよな?
アルテールの言葉が、頭の中で繰り返される。
「……もしかして、先ほどのアルテール殿下の言葉……聖女さまの純潔を奪ったのは……」
それ以上は言うなとでも言うかのように、イアンは大きく頷いた。
「フィアナさんの考えているとおりです。それに、あなたは……私がもう男性としての機能がないことをご存知なのでしょう?」
自嘲気味に笑うイアンだが、それでも彼は艶めいている。
「ええ、そういった話を耳にしたことはあります」
「大聖堂とは、そういうところなのです。私も若かった。聖騎士として聖女様の専属となれるのは、誇れるものだと思っていたのです。ですがね、この年になって考えるようになりました。本当にそれは正しいのかと……。そう思うようになったのも、あなたに出会ったからでしょうね」
「……えっ?」
「フィアナさんとは、何度か仕事で一緒になっております。お互い、騎士という職についておりますからね」