第七章(6)
フィアナはひくりとこめかみを動かした。
ラクリーアの殺害現場は、場所が場所なだけに公にはしていない。
というのも、川の水は民にとって生活に必要不可欠なもの。そのような場で事件が起これば、水が穢されたと騒ぐ者もいると考え、情報が漏れるのを防ぐためにも、殺害現場は資料にすら残していない。ただ捜査会議で情報共有されただけ。
だからこの裁判の冒頭でも、シリウル公爵は殺害現場については口にはしなかった。資料に記載されていないからだ。
それなのにアルテールがその場を知っているというのは、やはりその場にいたと考えるのが妥当だろう。
「では、カリノさんが嘘をついていると、殿下はおっしゃるわけですね?」
「もしくは他の男性を私と見間違えたか。夜ですよね? 暗闇の中、男性というだけで私であると思い込んだのかもしれません。ですが、間違いは誰でも起こることです。見間違いによって私を犯人だと攻めたことを、咎める気はありません」
犯人アルテール節が一気にひっくり返った。
今の話にはいくつか矛盾があるというのに、それすら事実だと思わせてしまうような巧みな話し方。これが王太子の魅力なのだろう。
そもそもここにいる者のほとんどが、アルテールに味方するような者たちばかりだ。
フィアナは視線だけを動かして、傍聴席を見る。悔しそうにしているのは、改革派の貴族たち。
「アルテール殿下。他にも何か言いたいことは?」
「いいえ。私からは以上です。私は彼女を殴ったり、まして殺害したりなんかはしておりませんから」
なんとも気まずい空気が流れる中、アルテールは傍聴席へと戻った。
満足そうに微笑んでいるのは国王だ。
「では、最後の証言をお願いします」
フィアナの番がやってきた。カリノとつないでいた手をはなし、すっと立ち上がる。
静かに証言台の前に立つ。
「王国騎士団情報部所属、フィアナ・フラシスです。私はカリノさんの取り調べを担当しました。彼女はまだ幼く、更生の余地があります。そのため、この場に立つ決意をいたしました」
騎士団の人間でありながらも、大聖堂側の人間として立つ理由。それを、捜査をとおして決めたと一言添えるだけで、周囲への印象は異なるだろう。あくまでも自分は騎士団の人間だという印象を残すためだ。
「カリノさんは最初から一貫して、聖女様を殺したと主張しておりました」
第一騎士団の団長なんかは、満足そうに頷いている。
「ですが、彼女から話を聞くうちに疑問に感じる点がいくつか出てきたのです。そもそも、彼女のような幼い子が、成人女性の首を切断することなど可能でしょうか? いつも薪割りに使っている斧で切断したとのことですが、大聖堂での薪割りは聖騎士見習いの仕事になっています。巫女の仕事ではありません」
傍聴席がざわりとし始める。団長は眉根を寄せて、フィアナを睨みつけるかのような視線を投げつけてきた。
「それから、聖女様の身体は無残にも切り刻まれておりました。特に、損傷が酷かったのは内臓部分です」
淡々と話すフィアナの言葉に、顔をしかめる者すらいる。
「その理由をカリノさんに問いただしても、彼女は殺したかったから、そうしたかったからと、まるで真の理由を隠すような、そういったことしか言いませんでした」
「それで、あなたはどうされたのですか?」
シリウル公爵は、興味深そうに話を聞き出そうとしている。
「彼女が口を閉ざす以上は、話を聞き出すことはできません。ですから、他の人たちから話を聞くことにしました」
他の巫女たちから話を聞くのは第一騎士団の彼らの代わりであったが、イアンやアルテールから話を聞いたのは、フィアナの意志だ。
「カリノさんからこれ以上の情報を得られないと思ったため、私は聖騎士イアンさんとアルテール王太子殿下から話を聞くことにしました」
「どうしてその二人を選んだのですか?」