第一章(4)
「人を殺すなと言いながらも、国のためには人を殺せと言うのでしょう? 矛盾していますよね」
カリノの言葉が、ぐさりとフィアナの心に突き刺さった。彼女の言葉は間違いではない。カリノと同じように考えている者は、少なからずいるだろう。
だけど、それが不満の声としてあがってこないのは、それだけ『戦争』が特別な状況だからだ。
「鉱山の採掘権……そんなに、魔石が欲しいんですか? 魔石は人の命よりも大事なんですか?」
少女がここまで戦争の話に反応を示すのは、フィアナにとっても予想外だった。
そこでフィアナは、先ほど目を通した資料の内容を、はたと思い出す。
カリノは戦争孤児だ。両親を失い、その後、大聖堂に入って巫女となった。
当時、戦争で家族を失った者が心のよりどころを求めて大聖堂、もしくは地方の聖堂に入るというのは多かった。
考えてみれば、その戦争が終わったあとから、聖職者たちがめきめきと発言力をつけてきている。
王国騎士団と大聖堂の聖騎士たちとの見えない壁が分厚くなったのも、そのときからだろう。
「わたしは、この国が嫌いです。聖女様を殺したのはわたしです。どうぞ、わたしを処刑してください」
それ以降、カリノは口をつぐんでしまった。
フィアナは仕方なく、これからのカリノの身の扱い方について事務的に説明した。
カリノは聖女を殺したと口にしているが、それが事実であるかどうかをきちっと確認する必要がある。今、第一騎士団が中心となって現場となった場所を調べたり、関係者から話を聞いたりしている。
その間、カリノは騎士団本部の地下にある地下牢で身柄を拘束される。
いつまで拘束されるか。それは犯人が確定するまでだ。
カリノが犯人であれば、そのまま王城への地下牢へと移送される。刑が確定、執行されるまでそこからは出られない。
しかし彼女が犯人でなかったら。釈放されて自由の身となる。騎士団本部の地下牢で拘束されるのは、十日が上限となる。
フィアナが説明している間、カリノの顔からは表情が消え、ただテーブルの上の一点を見つめているだけだった。
情報部の騎士らは、基本的には司令室と呼ばれる部屋にいる。この部屋の隣には総帥の執務室もあるため、一般的な騎士たちはここには寄りつかない。
フィアナはナシオンから受け取った調書をぼんやりと眺めていた。
(本当に、あの子が殺したのだろうか……)
先ほどから考えているのは、そればかり。
「ほらよ」
目の前に、白い湯気が漂うカップがトンと置かれた。
「ありがとうございます」
顔を上げるとナシオンと目が合う。
「俺の調書に何か問題でも?」
「いいえ、違いますよ」
相手が十三歳の少女ということもあり、長い時間、話を聞くのも難しい。短時間で効率的にと思うものの、少女の話を聞いて猜疑心を抱くのも否定できない。
これは、何度か話を聞く必要があるだろう。先ほどは完全に失敗してしまった。
「大聖堂のほうはどうなっているか、わかりますか?」
聖女が死んだのだ。向こうだって混乱しているにちがいない。
「次の聖女をどうするかでもめているようだ。とは聞いたが、詳しくはわからん」
大聖堂からしてみれば、聖女とは替え玉のきく存在なのだろうか。だが、聖女には神聖力が備わっているという。そういった不思議な力を持つ女性を、たくさん確保しているのだろうか。
「聖女の神聖力というものがよくわからないのですが……」
フィアナからしてみれば、聖女は向こう側の世界の住人であり、同じ舞台に立つような者でもない。
聖女とは不思議な力を使って人々の心の隙間に入り込み、明るい未来へと導く存在なのだ。まるで神のような存在。
だからこそ、そういった力の詳細は、こちら側の住人は知らない。