第七章(3)
木槌を振り上げながら、シリウル公爵が声を張り上げる。ぴたりと静寂が生まれた。
「この場で嘘をつくことは許されません」
「はい」
カリノはけして嘘はつかないと、宣言した。
「それを前提に私はカリノさんに尋ねます。あなたは誰に何を言われたのですか?」
張り詰めた空気が感覚を研ぎ澄ます。この場にいる誰もがカリノの言葉を待っている。
「聖女ラクリーア様を殺したのは、アルテール王太子殿下です。殿下は、ご自分の短剣でラクリーア様を、こうやって……」
カリノは自身の腹部の前で、短剣を両手で掴むような構えを見せた。これはフィアナにも見せたあの仕草だ。
「驚いて声を出したからか、殿下に気づかれてしまいました。そして、わたしに自首しろと……そう、おっしゃって……」
フィアナがアルテールに視線を向ければ、彼は青い顔をしながらわなわなと震えている。
それに対して勝ち誇ったような笑みを浮かべているのは改革派の高位貴族たちだろう。
これはフィアナも読んでいたとおりだ。
「なるほど。カリノさんの主張はわかりました。ですが、そうであれば、この事実に気づかなかった騎士団の調査不足でもあります。カリノさんを逆移送し、もう一度調査し直すべきだと考えますが?」
シリウル公爵は一人一人の顔を確認するかのように、法廷内をぐるりと見回した。
「よろしいでしょうか?」
もちろん反旗を翻すのは騎士団側の人間、第一騎士団の団長だ。
「どうぞ」
「我々としましては、逆移送の前にその証言の信憑性を確認すべきかと。この場だからといって、何を言っても許されるわけでもありません」
「そのとおりです。ですから私は、最初に嘘をつくことは許されないと、カリノさんには言いました」
「ええ。我々は、聖女様が殺害された現場を隅々まで捜査したつもりです」
その「つもり」が穴だらけだったのだ。いや、意図的に穴を開けたような捜査だったのかもしれない。団長は言葉を続ける。
「仮に、アルテール殿下が聖女様を殺したとしましょう。その凶器はどこにあるのでしょう? アルテール殿下が持って帰り隠したとでも言うのですか? いくら殿下であっても、血まみれの短剣を持ち帰れば、それなりに気づかれるかと?」
その言葉に「そうだ」とでも言わんばかりに、アルテールが大きく頷いている。味方を見つけた彼は、水を得た魚かと思わせるほどらんらんと目を輝かせていた。
「うぅむ……」
シリウル公爵も異なる主張を聞き、どうしたものかと悩んでいる。
「まずは、カリノさん側の話を聞きましょう。そのために集まってもらっているのですから」
どうやらシリウル公爵は、大聖堂側の話を聞くことを優先させたようだ。
フィアナとしては、手元に隠してある証拠の短剣をどのタイミングで出すべきか、それだけが気がかりであった。
大聖堂側が用意した人間は三人。カリノと同室であったメッサと聖騎士イアン、そしてフィアナだ。
メッサはカリノが普段どういった人物であるかを、おどおどとしながら説明した。彼女だってまだ成人していない子どもだ。このような場に立たされ、話をするというだけでも緊張するだろう。
彼女の話を聞いただけでは、カリノがラクリーアを殺す動機など微塵も感じられない。それに、カリノが大聖堂側に恨み辛みを持っているとか、そういったこともない。
ただ、日々の生活に感謝をし、聖女を敬愛し、粛々と生きていた。ただそれだけだ。
シリウル公爵もメッサを慮ってか、それ以上の追求はしなかった。それに彼女が嘘をついているとは思えなかったのだろう。ただきょどきょどとしていたものの、嘘をつくような素振りも見られなかった。
メッサの話を聞き終えたシリウル公爵は、眉間に深くしわを刻む。
カリノはラクリーアを慕っていた。巫女になったのも、戦争孤児として生きていかねばならないところを、ラクリーアに声をかけられたから。
「話はわかりました。ありがとうございます」




