第六章(5)
大聖堂の巫女から話を聞くこと。カリノから話を聞くこと。その裏付けをとるために、イアンから話を聞いたこと。そこから、ラクリーアの護衛の話には発展しなかったのだ。
きっと専属護衛本人から、第一騎士団の騎士が話を聞いているものと思いたい。
「カリノさん。あの日、何を見たのか、教えてもらえますか?」
フィアナの言葉でぱっと顔をあげたカリノだが、かすかに唇を震わせてから、また下を向く。
「あの日は、満月ではありませんでしたよね?」
むしろ新月だ。月明かりのない暗闇の中、どうやって聖女ラクリーアを殺して切り刻んだのか。そこに、王太子アルテールが絡んでいるというのであれば、今のうちに確認しておきたい。
「たまたまです。眠れなくて、それで外に出ました」
「いつもと違って周囲もよく見えなかったのではないですか? 明かりは手にしなかったのですか?」
「はい。明かりを持つと、ほかの人に知られてしまいますから。こっそりと抜け出すときは、いつも明かりを準備しません。それに、新月だといっても星の明かりはありますし、少し過ぎれば目も慣れますから」
カリノの年齢であれば、暗闇への順応も早いのだろう。
「なんとなくですが。騎士様も、胸騒ぎするといいますか。そういうときってありませんか?」
フィアナにも心当たりはある。第六感というのか、何かが働いて嫌な予感がするとき。それのおかげでフィアナが気づき、命拾いした者もいるくらいだ。
「その日はそんな感じがしたのです。眠れないというのもありましたが。それに、いつものように慣れた道というのもあったので、暗闇はさほど気になりませんでした」
フィアナも川沿いを歩いてみたが、慣れない者にとっては非常に歩きにくい場所だった。まして暗闇でとなれば、転んでもおかしくはない。
カリノにとっては定期的に訪れていた場所だから、勝手がわかっているのだろう。
「ですがあの日は、いつもと違いました。誰もいないだろうと思っていたあの場所で、男女の言い争いが聞こえました」
「その声は、大きな声でしたか?」
「いえ。本当に近づかないと聞こえないような、ボソボソとした声で、何をしゃべっているのかはわかりませんでした。ただ、遠くからでも二人の人間が向かい合っているのだけはわかって……だけど、そのうち……」
カリノはその瞬間を遠くから見ていたのかもしれない。
「だから、わたしも慌ててそこへ行くと、女の人が倒れていて、それがラクリーア様でした……」
「そこに、アルテール王太子殿下の姿もあったのですね?」
カリノが小さく頷くと、無造作に結ばれている髪も小刻みに揺れる。
ただフィアナもなんとなく今の話にひっかかりを覚えたものの、それがなんなのかはわからなかった。
「アルテール王太子殿下が、短刀でラクリーア様を、こうやって……」
カリノはお腹のまで両手で短刀を構える姿勢をとった。
「あのお方が聖女様のどこを刺したのか、わかりますか?」
これ以上、フィアナの口からアルテールの名を出すのはまずいだろう。言い方を濁す。
カリノは、首を横に振った。
「驚いて声をあげたら、アルテール王太子殿下に気づかれてしまって」
そこからはフィアナが予想していたとおりの内容が、カリノの口から飛び出してきた。
たまたまその場にいたことで、アルテールに脅され、犯人として自首しろと言われたこと。
致命傷を誤魔化しアルテールの痕跡を消すために、ラクリーアの死体を切り刻んだこと。
ただ、そうやって指示を出したアルテールはある程度見届けたものの、慌てて逃げ出していったため、短剣を落としたことにすら気づかなかったようだ。だからそれをカリノが人の目から隠すように土の中に埋めたとのこと。
これは何かあったときに、逆にカリノがアルテールを脅すための切り札としてとっておいたのだろう。
「なるほど。その切り札がこうやって役に立つときがきましたね」