第六章(4)
「ラクリーア様と出会ったのは、たまたまなのです。それからなんとなく、満月の夜に外へ出るようになりました。特に約束をしたわけでもないのですが……」
「キアロさんも、その場にはいたのですか?」
「はい。お兄ちゃんを誘ったのはわたしです」
ここでカリノの素顔を見たような気がした。今まで「兄」と口にしていたキアロを「お兄ちゃん」と言った。できることなら、ここでキアロの情報も手に入れておきたい。
「キアロさんは、聖女様の専属騎士にという話もあったようですね?」
「……はい」
「ですが、それは叶わなかったと」
「はい。ラクリーア様が反対されたのです……」
ぼそぼそと喋っているカリノは、背中を丸めた。下を向いてテーブルの上の一点を見つめているため、どのような表情なのかをうかがうことはできない。
「聖女様が? 枢機卿たちが年齢を理由に反対されたと聞きましたが……」
「それは、表向きの理由です……騎士様は、聖騎士のイアン様とお会いしたことがありますか?」
「はい。今回の件について、協力いただいております」
それでもカリノは顔をあげず、小刻みに身体を揺らしている。
「……騎士様は、イアン様とお会いになられて、どう思いましたか?」
どう、と言われても、綺麗な男性だという印象だ。そもそも聖騎士と呼ばれる彼らは、王国騎士団に所属する騎士らと別の生き物ではないかと思えてしまうほど、線の細い男性が多い。
「そうですね。こちらの騎士団の彼らとは異なりますね。中性的といいますか、綺麗な方ですよね」
そこでカリノがはっと顔をあげる。
「そのような男性が聖騎士となるのも事実ですが、イアン様は、他の聖騎士よりも群を抜いて綺麗な方だと思いませんか?」
フィアナを真っ直ぐに見つめるカリノの瞳は、力強く燃えていた。何かを決心したかのようにも見える。
「そうですね。私から見ても、うらやましいくらいにお綺麗な方です」
「イアン様は、ラクリーア様の前の聖女様の専属でした。ですから、その……子を望めないそうです……」
言いにくいのか、恥ずかしいのか、カリノの視線は再び下を向く。
カリノが言いにくそうにしている様子が気になった。
だが、このくらいの年齢であれば、子を授かる行為を口にするのが恥ずかしいというのもわかる。
「イアン様がお綺麗なのはそれが原因であると、ラクリーア様がおっしゃっておりました。そして、それをお兄ちゃんには望まないと」
カリノの話を、フィアナを手早く頭の中で整理する。
男性でありながら中性的な魅力を持つイアンは、以前は聖女の専属護衛を担当していた。そして彼は子を望めない。
つまり、聖女との間に間違いがあってはならないように、処置をされているということだろうか。どこかの国の後宮にいる男性のように。
「……わかりました」
しかしフィアナはその考えの答え合わせをするつもりはなかった。
ただ、そういった処置が必要となるのであれば、ラクリーアもキアロも専属護衛について考えることがあったのだろう。
「聖女ラクリーア様の専属護衛には、ほかの聖騎士の方が選ばれたと聞いております」
「そうですね。聖女様の専属護衛。それは、聖騎士にとっては名誉なことですから。そのようなことであっても、なりたいと思う人はいるようです」
イアンの大聖堂での立ち位置を見れば、その地位にあこがれを持ってもおかしくはないだろう。
「念のための確認ですが。聖女様には、四六時中、護衛が付き添っているわけではないのですよね?」
そうであれば、ラクリーアがあのような場で殺されるわけはないだろう。
「はい。基本的に護衛につくのは、人前に出るようなときと聞いております。いくら護衛といえども、ラクリーア様だってずっと誰かと一緒にいたら、息がつまってしまいますから」
となれば、やはりラクリーアが一人になる時間はあったということだ。だからといって、専属護衛を攻めるのはお門違いというものなのだが。
その彼が今、どのように過ごしているのかは確認していない。そこはフィアナの管轄外だ。