第六章(3)
「今日は、カリノさんのこれからについて説明をしにきました」
フィアナの言葉に、彼女は首肯する。そういった身のこなしの一つ一つを見ても、年齢の割には大人びている。
ただ、地下牢での拘束も六日目となったためか、その顔に疲労の色は濃く出ていた。強がる口ぶり、凛とした姿勢を見せても、目の下の隈や、かさついた唇は隠しきれない。
「本日の午後、カリノさんは王城の地下牢へと移送されます」
その瞬間、カリノの目は大きく開かれた。少しだけ唇を震わせたのち、すぐさま平静を装う。
「今は騎士団管轄になっていますが、王城へと移送されたあとはそちらの管轄となります。王城関係者、つまり貴族たちが中心となり、カリノさんの裁判を行います」
「わたしが聖女様を殺したと、やっと認められたわけですね?」
「それはちがいます。むしろ、裁判は真実を明らかにする場。これ以上、騎士団で調査を続けても、今以上の成果が得られないと判断されたためです」
つまり、騎士団の力不足を露呈させたようなものだ。いや、彼らのやる気のなさか。
ただ、聖女ラクリーアが被害者であっただけ、なんとか体裁を保つための調査を行ったようなものだろう。
組織としては、最初からカリノを犯人として、さっさと王城へ移送させたかったのだ。捜査本部を立てたのも、大聖堂側へ「きちんと調べていますよ」と見せつけたかったからだ。
きゅっと唇を引き締めていたカリノだが、それをゆるりと開いた。
「騎士様。わたしは斬首刑ですか? 絞首刑ですか? きっと聖女様と同じようにされるのでしょうね」
「カリノさん。裁判は刑を確定させるとともに、真実を明らかにする場所です。もしカリノさんが隠していることがあるならば、その場ではっきりと伝えてください」
「わたしが隠していることですか? 何もありませんよ?」
こてんと首を倒すカリノは、心に大きな壁を作ったように見えた。これ以上、踏み込んではならないと。
だが、フィアナだって罪のない人間を裁くようなことはしたくない。それが、組織ぐるみで行おうとしている内容であるならば、なおのこと。まして相手は、このように幼さが残る少女だ。
「カリノさんの捜し物が見つかりましたよ。それは、私が大事に預かっております」
カリノがひゅっと息を呑んだ。
「カリノさん。脅されているのではないですか? たまたまそこに居合わせ、それを目撃してしまったために、犯人にされているわけではないのですか?」
かさかさに乾いているカリノの唇は、小刻みに揺れている。
「わたし……わたし……」
少女の眦に涙が浮かぶ。
言葉を紡ぎ出そうと、心を奮い立たせている様子が伝わってきた。
「カリノさん……ここには、私しかおりません。カリノさんから本当のことを聞くために、彼もおいてきました」
はっとカリノは大きく目を見開いてから、つつっと一筋の涙をこぼす。
「わたし、聖女様を殺していません……」
かすれたような声でカリノがつぶやいた。
だけどフィアナは、ずっとその言葉を聞きたかったのだ。
「わかりました。私たちはカリノさんを信じます。すべては裁判で決着をつけましょう」
カリノがこくりと頷いた。そしてきょろきょろと周囲を見回し、声を低くする。その顔は、先ほど涙を流した少女とは思えないほど、凛々しいものだ。
「騎士様は、わたしの言うことを信じてくださるのですか?」
「それが真実であるならば、信じます」
カリノの青い目が不安そうに揺れている。
「わたし……」
「ゆっくりでいいです。あの日、何があったのか。教えていただけますか?」
フィアナの言葉にカリノは大きく頷いた。
ぽつりぽつりとカリノが話し始める。それはもちろん、フィアナも初めて耳にすることだった。
カリノは満月の夜になると自室を抜け出して、あの川辺へと足を向けていた。そこで聖女ラクリーアと聖騎士キアロと顔を合わせ、他愛もない話をして、寂しさを紛らわせていた。