第六章(2)
「根回ししとくから、嬢ちゃんに今後のこと、説明してくれないか?」
「今後のこと、ですか?」
タミオスのやろうとしていることにピンときた。
「ああ。今日の午後、移送が決まったことはまだ嬢ちゃんの耳には届いていない。お前から、嬢ちゃんに伝えてほしい。それから、王城移送後、刑確定のための裁判が開かれることもだな。今回は事件が事件なだけに、裁判を早める予定のようだ」
「わかりました」
フィアナからみたら、願ってもない話だ。
「朝会で嬢ちゃんのことが報告される。だから俺のほうから、移送の手続きはお前にやらせるように伝える。それでいいな?」
「はい。ありがとうございます」
移送前にカリノと話ができる機会があるのは大きい。
これもタミオスのおかげなのだが、彼も騎士団では上層部に片足を突っ込んでいる人間であるのに、その考えに染められていないところは、やはり情報部という特殊な部門に属しているからかもしれない。
カリノには何をどこまで、どうやって伝えるべきか。
アルテールの短剣が見つかったことは言うべきか否か。
なにしろ、第一騎士団にも報告していない証拠品だ。これは、ここぞというときの切り札にしておきたい。
たとえそれが、証拠隠蔽だと言われようが。
タミオスが言ったように、カリノを王城へ移送させるという話は、朝会で報告された。
それが終われば、この捜査本部も解散となるだろう。カリノの移送が終わった今日の夕方には「解散」の号令がかかるはずだ。
凶器が見つからない、動機がわからない、聖女の遺体の一部が見つからない。
そうやってないないづくしであっても、犯人さえ王城へと送ってしまえば、あとは王城にいる彼らが処遇を決める。つまり、騎士団の管轄からは外れるというわけだ。
「では、容疑者移送補佐はフィアナ・フラシス、頼んだぞ」
総帥に名を呼ばれ、フィアナも「はい」と凛とした声で答える。
タミオスの根回しにより、フィアナはカリノの移送補佐として指名された。
それに不満そうなのはナシオンだった。
「今日はフィアナだけだ」
朝会が終わり、それぞれが持ち場へ戻ろうとしたとき、そんなナシオンの肩をタミオスがポンと叩いた。
「いやいや。二人一組が基本ですよね?」
「それは捜査のときな? 今日は取り調べで嬢ちゃんのところにいくわけではないからな?」
「ナシオンさんも、ずいぶんとカリノさんのことが気に入ったようですね」
とにかくナシオンはぶうぶうと文句を垂れていた。そんなに彼もカリノと話をしたかったのだろうか。
自席に戻り、今回の事件のあらましをまとめた報告書に最初から目をとおす。
カリノが聖女ラクリーアの頭部を持って東分所を訪れたのは、六日前。そのときから、聖女を殺したのは自分自身だと言っていた。
そのわりには凶器についても証言しないし、ラクリーアの身体を刻んだ理由も言わない。
殺したかったから。そうしたかったから。
そういった表向きの言葉を並び立てるだけ。
だけどそれが、アルテールをかばっての言動だったら?
そして彼女が、アルテールに脅されているとしたら?
十分に考えられる。
それにナシオンも言っていたように、大聖堂にいる巫女や聖騎士見習いは後ろ盾のない弱い人間だ。その彼らを人質のように扱われたら、幼いカリノは逆らえないだろう。
もしかして、キアロが姿を消したのはアルテールに囚われているから、とか。
できれば、その辺の話をカリノから聞いてみたい。
ナシオンもいないだろうし、見張りも外にいるだろうから、こっそりと聞けば答えてくれるだろうか。
そんなことを考えながら、いつもの取り調べ室へと足を向けた。
「こんにちは、騎士様」
「こんにちは、カリノさん」
「今日は、騎士様、おひとりなんですか? いつもの方はどうされたのですか? クビになったのですか?」
カリノはナシオンをきちんと認識していたようだ。
「はい。今日は私、一人です。彼とも話をしたかったのでしょうか?」
カリノは黙って首を横に振る。