第六章(1)
「おはようございます」
司令室に入ったフィアナはタミオスの視線に気がついた。チラリと顔を向けると目が合う。
こいこいと、タミオスが手を振っている。朝から大声で呼ばれなかっただけマシだと思うことにした。
荷物を自席に置いたフィアナは、小さくため息をついてからタミオスの元へと向かう。
「おはようございます、部長。何かありましたか?」
「昨日は、何をして過ごしたんだ?」
タミオスが私的なことを聞いているわけではないとわかっているのだが、周囲にはそう思わせる必要がある。だけど、上司であるタミオスが、あまりにもフィアナの私的な内容に踏み込んでしまえば、上司からの嫌がらせと思われる可能性もある。
「はい。ナシオンさんとデートしておりました」
「なるほどな。で、どうだった? デートは、楽しかったか?」
「どうと言いましても……。二人で川沿いを散歩して、お弁当を食べておしまいです。あ、ナシオンさんからは素敵なプレゼントをいいただきました。どうやらナシオンさんは、宝探しが上手なようです」
フィアナがにっこりと微笑むと「なるほど」とタミオスも頷く。
「久しぶりの休暇を満喫できたようで何よりだ」
だがな、とそこでタミオスの声が低くなる。それは、周囲に聞こえないようにという彼なりの配慮の仕方だ。
「嬢ちゃんの移送が決まった。今日の午後だ」
フィアナはすぐには言葉が出てこなくて、ぱくぱくと口を開けた。大きく息を吸って、やっとの思いで小さく尋ねる。
「まだ、時間はあるはずですよね?」
「ああ、上から圧力がかかった。何よりも亡くなったのが聖女様だからな」
「つまり、大聖堂側はそろそろこの件を公表するということですか?」
昨日、イアンと話をしたときには、そういった内容を聞いていない。
「それは知らん。だが、聖女様の遺体の引き渡しを要求されたようだ。聖女様の遺体がなければ、次の聖女様も指名できないとかなんとからしい。となれば、さっさと事件としては解決させておきたいところだ。ようは、こっちとしては、何かのどんでん返しがあって、もう一度、聖女様の遺体を調べなければならない状況を懸念してるんだよ」
タミオスの言わんとしていることがなんとなくわかった。
大聖堂は聖女の遺体の返還を求めている。しかし、犯人がカリノだと断定できていない今では、遺体を返すことはできない。
だからさっさとカリノを王城へ移送させ、聖女の遺体を大聖堂に返すという手順を踏みたいのだろう。
「ですが、聖女様の遺体を返すのは、カリノさんの移送とは関係ないですよね?」
そうでなければ、犯人が確定しない間は、被害者の遺体をずっと保管しておかなければならなくなる。
「そうなんだが。今回は何よりも被害者が聖女様だからな。きっちりと犯人が決まったところで、遺体を返したいらしい。大聖堂側からあれこれ文句つけられて、再捜査となることを懸念しているんだ。そのときに聖女様の遺体は、こちら側にあったほうが自由にできるからな」
「でしたら、矛盾しませんか? カリノさんを移送したところで、彼らが再捜査を要求しないとは限らないですよね?」
「何よりも、嬢ちゃん本人が自供している。自分でやったとな。だから、再捜査にはならないと、上は睨んだようだ」
話を整理すると、大聖堂側からの反論にそなえて聖女の遺体を保管していたが、大聖堂側が遺体を返せと言ってきたため、カリノを犯人として王城に移送し、そこで遺体を返す。
矛盾しているような気もしないでもないが、これはどちらかといえば、鶏が先か卵が先かの話に近いのかもしれない。
だが、上が決めたというのであれば、今は従うしかない。
「カリノさんが移送される前に、話せますか?」
フィアナの言葉にタミオスはにたりと笑う。
「お前さんのことだから、そう言うと思っていた。移送は午後からだ」
今回の件は取り調べとは異なる。フィアナが個人的に話をしたいだけなのだ。
そしてカリノが王城へ移送となったら、フィアナは手出しができない。だから今のうちにカリノと話をしておきたかった。