第一章(3)
するとカリノの視線が泳ぎ始める。
「そんなに緊張なさらないでください。話をしたくないことは話さなくても大丈夫ですから」
フィアナが少しだけ笑みを浮かべると、カリノも安心したように表情をゆるめる。
「……はい」
だけどその小さな返事には、不満の色がにじみ出ていた。
今までフィアナが対応した取り調べの相手とは、何かが違う。
たいていこうやって犯人扱いされる者は、何かと無罪を主張するものだ。あきらかに犯人だというのに「自分はやっていない」「自分は悪くない」とわめく。それもいい大人が、だ。
しかしカリノは、十三歳だというのに非常に落ち着いているし、罪も認めている。むしろ、処刑にしろとまで口にする。
なんとなく、違和感がある。
「では、最初にカリノさんのことを教えてください」
「そのようなこと、必要ですか? わたしが罪を認めているのだから、それでよいのではありませんか?」
「そうですね。ですが先ほども言いましたとおり、なぜカリノさんが聖女様を殺さなければならなかったのか。その真実を知りたいのです。教えていただけますか?」
「なぜ? わたしが聖女様を殺したか? 騎士様もおかしなことを質問するんですね。そんなの殺したかったからに決まっています」
そこでニタリと笑ったカリノを、不気味だと感じた。
フィアナだって十八歳の頃から騎士団に属し、そろそろ六年となる。入団当初から情報部として動いてきたのだ。もちろんこうやって犯人と思われる人物から話を聞く他にも、潜入調査と呼ばれる行為や諜報活動も行い、自分よりも身体も大きく、怖い顔の人間とも関わってきた。
だというのに、得たいの知れない気持ち悪さが、背筋をつつっと走り抜けていく。
十三歳の少女だからと侮ってはならない。この子は何かを隠している。
長年、情報部として動いてきたフィアナの本能が、そうささやいた。
「殺したかったから殺す。残念ながら、それはこの国では罪になってしまいます」
「だけど、戦争で人を殺すのは罪にはならないのですか?」
カリノは無邪気な笑みを浮かべて、首をコテンと倒した。
「五年前まで、この国は隣国グラニトと戦争をしていたわけですよね? その戦争でたくさんの人が死にました。戦争をしたのも、人を殺したかったからですよね」
カリノが言ったように、ファーデン国は隣国のグラニト国と争っていた。原因は国境にある魔石の眠る鉱山の採掘権である。それをめぐって、先に戦をしかけたのはファーデン国だった。というのも、隣国で諜報活動を行っていた騎士が、近いうちにグラニト国が挙兵すると情報を仕入れてきたためだ。
そうなる前に、ファーデン国が動いた。
その結果、カリノが言うようにたくさんの人の命が奪われた。特に国境の街の住民たちは、突然始まった戦に逃げ遅れ、戦火に巻き込まれた。
最終的には、鉱山の採掘権はファーデン国が握ることとなり、魔石をグラニト国へ輸出するという形でまとまったが、高い関税をかけたはず。ファーデン国は、金も権力も欲する国だからだ。
そこに至るまでの犠牲も数多く出た。戦争に駆り出された者も、巻き込まれた者もいる。
また、そういった戦地にまで聖職者たちが足を向ける。率先して剣を握るわけではないものの、騎士たちの身の回りの世話だったり、負傷した者の手当だったりと。
当時十四歳だった聖女ラクリーアも戦地に立ったはずだ。
騎士団に入団したばかりのフィアナは、本部に逐一入ってくる現地の情報から状況を把握し、戦地へと送る物資、人員、またそれらの確保の指示を出していた。
「あの戦争には理由がありました。いつでも、戦には理由があります。そして何よりも、戦を繰り返し、国は大きくなっていくのです」