第五章(6)
「はい。私もそう思います。おそらく、関係者として大聖堂から幾人かが呼ばれます。そのうちの一人として、私も仲間に入れていただけないでしょうか」
しんとした空気が生まれる。
イアンもフィアナからそういった提案がされるとは思ってもいなかったのだろう。むしろ、ナシオンが驚いて口をパクパクと開けていた。
「フィアナ。何を言っているのかわかってるのか? 君は騎士団の人間だ」
「わかっています。ですが、あれを有効に使える場は裁判しかありません。ナシオンさんも共犯者になってくれるんですよね?」
フィアナが真っ直ぐに見つめると、ナシオンも同じようにじっくりと見つめ返す。互いに互いの目を見つめ、互いに視線で訴える合うものの、先に折れたのはナシオンだった。
「……わかった。君の言うとおりだ。あれを効果的に使える場所は……裁判しかない」
ナシオンも認めてくれたことで、フィアナはほっと安堵のため息をこぼす。だが、イアンはニコニコと笑みを浮かべ「なんのことでしょう?」と口にする。
この部屋には、ほかに誰もいないとわかっていても、フィアナはつい周囲を確認してしまった。
「安心してください。ほかには誰もおりませんから」
「あ、はい……」
みっともないところを見せたかもしれないと少しだけ焦ったフィアナだが、これからの件について、そっと話を始める。
イアンの表情からは笑みが消え、驚きへと変化する。さらには、大口を開けて笑い始めた。
「あなたも、なかなかすごいことを考えますね。ですが、私もその考えは嫌いじゃない。協力しましょう」
イアンの協力、つまり大聖堂側の協力だ。それを得られたことに、フィアナは胸をなでおろした。
馬鹿正直に騎士団に提出すれば、もみ消されてしまうかもしれない証拠。それを確実に人の目に触れさせるために、フィアナは大聖堂側と手を組むのだ。
騎士団に所属する自分が、なぜ組織を裏切る行為に手を出そうとしているのかはわからない。
きっと、ただ真実を知りたいだけなのだろう。
聖女ラクリーアを殺したのは誰か。
どうして聖女ラクリーアは殺されなければならなかったのか。
「ところで」
イアンが話題を変える。
「聖女様のご遺体は、いつになったら返していただけるのでしょうか? 次、あなたたちが来たら確認するようにと、枢機卿たちからは言われておりましてね。ですが、今日は仕事ではないということなので、お答えしなくてけっこうです。ただ、まだ聖女様のご遺体がそちらにあることを忘れずに」
イアンの言葉が、ぐずりと胸に深く突き刺さった。
聖女ラクリーアの遺体を、騎士団はいつまで保管しておくつもりなのか、フィアナにはさっぱりとわからない。
必要な話を終えたフィアナとナシオンが、イアンの執務室から立ち去ろうとすると、見送りとして巫女を一人つけられた。
イアンは「見送れなくて申し訳ありません」とやわらかく声をかけてくれたが、彼の机の上にこんもりと山積みにされた書類を見れば、納得できるものがあった。
ナシオンと並んで帰路につく。
今日の目的はすべて果たした。何よりも、例の短剣を見つけたのは大きいだろう。
早くカリノに伝えたいという気持ちすら生まれてくる。
「フィアナ」
突然ナシオンに名を呼ばれ、フィアナはおもむろに彼を見上げる。
「あんまり突っ走るなよ」
その言葉が、フィアナの心にずしっとのしかかった。