第五章(5)
聖女が不在だというのに、大聖堂は比較的落ち着いていた。そういえば、フィアナが話を聞いた巫女たちも、取り乱すことなく対応していた。今だってそうだ。
あのような事実があれば恐怖で震えたっておかしくはないだろうに。
大聖堂では、気持ちの制御方法まで教えてくれるのだろうか。
「イアン様。お客様をお連れしました」
黒檀の執務席で山のような書類に囲まれていたイアンが顔をあげた。
「客人はあなたでしたから」
ナシオンと二人でいるのに、まるで一人しかいないようなその言い方が気になるものの、フィアナはうながされた先のソファに座った。
「今日はどういったご用でしょうか?」
イアンはベルを鳴らして巫女を呼び出すと、お茶の準備をするように言いつける。フィアナは巫女の仕事の一部を垣間見た気がした。
巫女が部屋から出ていったところで、フィアナは口を開く。
「今日は、騎士団としてではなく、私、個人として会いにきました」
「なるほど。ですが、個人というわりには、保護者がついているのですね?」
保護者。間違いなくナシオンのことを指している。否定も肯定もせずに、にっこりと微笑むだけにした。
やはりイアンとナシオンの相性はよくないのだろう。
ナシオンはイアンを睨みつけてはみたものの、反論しようとか悪態をつこうとか、そういったことはしなかった。
フィアナも保護者が必要だと思われていることは心外であったものの、にこやかに笑みを浮かべる。
「保護者というよりは相棒ですから」
相棒――。
この言葉が一番しっくりくる。何か事件が起これば二人一組で動くのが鉄則の情報部のなかで、フィアナがナシオンとコンビを組んで二年。今ではそれなりに実績がある。
だが、わざわざそこまで目の前のイアンに説明するつもりはなかった。彼にとってはどうでもいい話だろう。
「なるほど」
片眉をぴくっと動かしたイアンは腕を組んだ。これは自然と相手を拒絶しようとする表れだ。それでもフィアナは話を切り出した。
「大聖堂側は、カリノさんの罪を認めているのですか?」
「認めるも何も。私たちは彼女から話も聞けておりませんから。そちら側のほうが、より事実に近いのではないでしょうか?」
「そうですね。ですが、第一騎士団はカリノさんからろくに話を聞きもせずに、王城へと移送しようとしています」
「そのためのあなたなのでは?」
首を傾げる姿すら、女性のフィアナから見ても艶めかしいと感じた。イアンにはなんとも表現しがたい艶があるのだ。男とか女とか、そういった性別を超えた何かが。
「はい。私はカリノさんが犯人だとは思っておりません。ですが、それを覆すだけの証拠がないので難しいです」
「ふむ」
そこでイアンは組んでいた腕をほどいた。何かを考えるかのように、顎に手をあてる。
「いいでしょう。そのままカリノを移送させてもらってください」
イアンの言葉に反応を示したのはナシオンだった。
「移送されたあとは王城。つまり王族、貴族の管轄となり、俺たちは出だしができない。それでいいのか?」
「なるほど。あなたもカリノを信じている一人でしたか」
イアンは柔和な笑みを浮かべた。
「カリノが犯人とされている以上、私たちも手出しができません。だからといって、このまま彼女の刑が確定するのを、指をくわえて見ているわけではありませんよ? 刑確定のためには、裁判がありますからね」
そう言ったイアンは、今度はニタリと笑う。
「こちらが反論する機会は、裁判しかないと思っていたのですよ」