第五章(3)
「フィアナ……やっぱり俺って天才かもしれない……」
そう言った彼の手には、柄と鞘が金色の短剣が握られていた。柄の部分には赤色の宝玉が埋め込まれ、鞘には赤色で紋章が描かれている。
土に汚れていなければ、太陽の光を受けて、まばゆく輝いていただろう。
「どうするんだ? これ……血痕だよな?」
「そうですね。土で汚れてはいますが、血痕ですね。おそらく、聖女様のものでしょう。詳しくは調べる必要がありますね」
「つまり、これが聖女を殺した凶器?」
「そうなるかと思います。少なくとも、斧は首切断にしか使われておりませんから」
信じられない、とでも言うかのようにナシオンは顔を横に振る。
「仮にだ。これが凶器だとしたら、致命傷はなんだ?」
「腹部を刺されたか、頸動脈を切られたか、もしくは……」
消えた左手も気になっている。あそこだって、切られた場所が悪ければ失血死に至る。
「詳しくは、調べてもらわないとわからないですが……」
そこでフィアナも言い淀む。とにかく、聖女の遺体はきれいとは言えなかった。
「とにかく、これが王太子の短剣っていうのが問題だよな?」
ナシオンの言うとおりだ。凶器が王太子アルテールの短剣。これを第一騎士団に手渡したところで、もみ消されるような気がした。
「……では、見なかったことにしましょうか」
「はぁ? わざわざ休暇にこんな草のところにまでやってきて?」
ナシオンは草むらが嫌いなのだろうか。やけに草にこだわっている。
「ええ。ですから、こちらは第一騎士団には渡しません。これは、ここぞというときに使います」
「証拠物の隠蔽」
「お互いさまでは?」
王国騎士団なんて、そもそも王族や貴族たちの子飼いだ。力ある貴族に睨まれれば、黒だって白になるくらいなのだから。
その中でも異端児がフィアナだろう。入団してすぐ隣国グラントとの戦争。あれによって、フィアナの心にどこかがぽっかりと穴が空いた。その隙間を埋めるかのように生まれたのが、騎士団や王族に対する不信感。
民のために存在する騎士団は、結局は国のために存在する。
民を守るためではなく国、すなわち王族と貴族を守るための存在。
いくら彼らが罪を犯そうと、権力と金によってその事実はねじ伏せられる。
それを間近で見てきたのだ。特に「情報」を扱う部署にいるからなおのこと。
他の者と同じように、見て見ぬふりをすればよかった。いや、実際にはそうしてきた。
だけど、そのたびに心の奥にはやるせない気持ちが込み上げてくるのだ。
「ナシオンさん。私を見捨てるなら今のうちです。私は、彼らの汚い部分をすべて、さらけ出そうと思っています」
「そんなことをしたら、君はこの国にいられなくなるぞ?」
「かまいません」
ナシオンは「いてててててて……」と言いながら立ち上がり、「うぅっ」と腰を押さえて状態を後ろに反らした。
「ずっと座っていたから腰にきたわ」
フィアナも、ふと、笑みをこぼす。
「しゃあないな。俺は君とコンビだからな。とことん付き合ってやるよ」
「え?」
驚いたフィアナも立ち上がろうとしてみたものの、急な動きに身体がついていかず、くらりと目の前が暗くなる。
気づけばナシオンの腕の中にいた。
「あ、ありがとうございます」
「だから。こういうところが目が離せないんだよ」
ナシオンが、右手の人差し指でピンと額を弾いてきた。
「痛いです」
「そりゃそうだ。それなりに力をいれたからな。あ、赤くなってる。悪い」
謝罪の言葉を口にした彼は、フィアナの額に唇を落とした。