第五章(1)
タミオスなりの気遣いなのかなんなのか、フィアナとナシオンは仲良く休暇となった。
カリノの件もあり、連日、司令室に詰めていたのは事実。その前だって、別の案件の諜報活動をしていたため、休暇らしい休暇は十日ぶりだ。
その二人は、大聖堂近くの川沿いを歩いていた。
「一応、第一のやつらが片づけはしていったようだな」
聖女がここで殺されて五日が経とうとしていた。捜査の残滓など微塵も感じられない。
それに、ここには誰もいない。
犯人もわかっているし、必要最小限の確認さえ終われば、自分たちの役目は終わったとでも、彼らは思っているにちがいない。
まだ真実の欠片すら掴みきれていないというのに。
「カリノさんの話では、こちらで聖女様を殺害したということですが……」
川の近くは岩場になっていて、足場がいいとは言えない。
「こんな場所で聖女と追いかけっこでもしたのかね、あの王太子は」
ナシオンの言葉からは、王太子に対する敬愛など微塵も感じられない。
「そうですね。仮にアルテール王太子殿下が、聖女様を殺害するために追いかけたというのであれば、お互いに走りにくい場所ではありますね」
岩がごろごろ転がっているのだ。歩くだけでも、下手をすれば転ぶ。
「ですが、聖女様にはそういった抵抗したときにできるような傷がなかったと記憶しております」
ラクリーアの遺体は、表面上はきれいだった。肌にひっかき傷や切り傷など、そういったものはなかった。ただ、内臓をめちゃくちゃに切り刻まれていただけで四肢の表面に擦り傷などはなかった。
「まあ、カリノちゃんの話によれば、あっちで聖女をやってしまったわけだな」
川の近くは岩場だが、そこから少し離れると草が生えている茂みとなる。その一部分に土が剥き出しとなっている場所があった。
「雨が降ってしまいましたからね。血痕は流されていますよね」
岩場から茂みに移動する。
「人が通ったようなあとは……まぁ、第一の人たちが捜査に入りましたからね」
ところどころ草が倒れていた。
「場所的には、この辺でしょうか」
流されたと思った血液だが、土に黒くにじんでいた。
「やっぱり、フィアナの言うとおりかもしれないな」
「何がですか?」
見上げると、ナシオンの後ろの太陽が目に入り、おもわず目を細くする。
「なんだ、その顔」
笑いながらも、彼は影を作ってくれた。
「まぶしかったもので、つい。今日は天気がよいですからね。こうやって外を歩き回る分にはいいのですが」
「そうそう、今日はデート日和というやつだ。だけど、夜はどうだ? ここは建物からも離れているし、人がいるほうからこちら側を見ても、気づかれないだろう? ある意味、夜は誰にも知られずに人を殺すには適している場所だ」
「カリノさんがここで聖女様を殺した。そのあと、首を切断して斧は川へ投げ込んだ。戻ってきて、首だけ持って、東分所へと向かう……」
「カリノちゃんが東分所へとやってきたのは、周囲が明るくなるような時間帯だろ? てことは、切断したときはまだ暗かった可能性がある。死亡推定時刻から考えても、そうだろうとは思うのだが。まあ、その暗闇の中、足場の悪い岩場を歩いて、斧を川に投げ捨てる。できなくはないが、なんか不自然なんだよな。殺害した凶器は隠したくせに、なんで斧だけはわざわざすぐに見つかるような川へ投げ込んだ? この川の流れの勢いなら下流まで流されないことくらい、わかるよな?」
ナシオンがそう言葉にするくらい、川の流れは穏やかだった。きらきらと太陽の光を反射させ、表面は波打つ程度。