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第四章(8)

**~*~*~**


 水面にうつる月は、ゆらゆらと揺れている。

「え? お兄ちゃんが、聖女様の専属護衛騎士にですか?」

「ええ、そうよ」


 そう言ってゆっくりと頷くラクリーアは、自信に満ちている。


「キアロをわたくしの専属護衛として推薦したの」

「お兄ちゃん、すごい」


 たいていカリノはラクリーアとキアロの間に座っていた。そこに座れないときは、同室のメッサがなかなか眠らなくて、いつもよりここに来る時間が遅くなってしまうとき。


 キアロは恥ずかしいのか、カリノから視線を逸らした。


「キアロでしたら、信頼できますから」

「聖女様にそうおっしゃっていただけるのは、嬉しいような恥ずかしいような気がします」


 カリノは、キアロがファデル神の教えに従い、日々、鍛錬に励んでいたのを知っている。遠くの場所へ行けと言われても、文句言わずにそこへ行き、やるべきことを終えて返ってくる。

 大聖堂側にとっても、キアロは黙っていうことをきく扱いやすい人間だろう。


「ええ、どうせ側にいるのなら、知らない人より知っている人のほうがいいでしょう? キアロであれば気が楽ですし」

「気が楽って……どういう意味ですか?」


 笑いながらも、キアロは声を荒らげた。

 二人の間にいるカリノは、ラクリーアを見てキアロを見てと、忙しい。


「お兄ちゃん、すごいね」


 それがカリノの本心だった。こうやって兄が聖女に認められていく。まるで自分のことのように誇らしい。

 いつもの他愛ない話でさえ、心はわくわくと躍っていた。

 だけど、そんな楽しい気持ちは長続きしない。


「ごめんなさい、キアロ……」


 その日のメッサは寝付きが悪く、川辺へと足を向けたのは、いつもよりも遅い時間であった。

 だからカリノがその場についたときには、ラクリーアとキアロの間にはなんとも表現しがたい気まずい空気が流れていたのだ。


 キアロは悔しそうに唇を噛みしめ、顔を背けている。ラクリーアとキアロが並んでいるときは、キアロの隣に座るカリノも、今日はラクリーアの隣に腰をおろした。


「聖女様、どうかされたのですか?」


 そう尋ねれば、ラクリーアは困ったように目尻を下げる。


「駄目になったんだ……」


 キアロのぽつんとした言葉に、ラクリーアがかぶせてきた。


「ごめんなさい。キアロをわたくしの専属護衛騎士にするという話なのですが、枢機卿たちが反対したため、なくなったのです」

「そう、なんですね……」


 後頭部をガツンと殴られたように、頭の中がぐらんぐらんとした。

 聖騎士の中でも、もっとも名誉ある地位。それが聖女の専属護衛騎士。

 だから、カリノも期待していたのだ。それでも一番がっかりしているのは、キアロ本人だろう。


「お兄ちゃん……?」

「別に僕は、僕の幸せなんて求めていない。ラクリーアが幸せであれば……」

「そんなことを言わないで。わたくしだって、専属護衛騎士にあのようなことを求めるなど知らなかったの……イアンは先代の聖女からの専属だったから……」


 二人が何を言っているのか、カリノにはさっぱりわからない。

 だが、今までラクリーアについていた専属の護衛騎士はイアンという聖騎士だった。だが彼は、年齢を理由に専属を退くとのことだった。これからは一歩引いて、次世代への育成に力をいれたいそうだ。


「だけど、専属になれば、いつでもラクリーアの側にいられる」

「だからって、そのために代償を支払う必要はないの。キアロにはカリノもいるでしょう? カリノが悲しむようなことはしないで」


 それではまるで、カリノがキアロの重荷になっているかのよう。


「……お兄ちゃん、ごめんなさい」

「カリノが謝る必要はない。むしろ、カリノは関係ない。これは僕の問題なのだから……」


 キアロのその声には、どこか怒りが滲んでいた。


「僕が弱いからだ。ラクリーアを守ると言いながらも、中途半端な気持ちでふらふらとしているから。だから、ラクリーアの専属護衛になることをためらったんだ」


 カリノにはさっぱりわからない話だった。

 それでもキアロとラクリーアの間には、二人だけで成り立つ話であり、キアロがその結果を後悔しているのだけは伝わった。


「キアロ。あなたがわたくしの幸せを願うように、わたくしもキアロとカリノの幸せを願っております。ですから、自らを犠牲にするようなことだけは、けしてなさらないでください」

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