第四章(7)
「おいおい、お前たち。自分がどれだけ危険なことを言っているのか、わかっているのか?」
「わかっています。ですが、このまま闇に葬り去ってもよい案件だとは思えません。仮に王太子殿下が聖女様を殺害したのであれば、やはりそこははっきりすべきです」
フィアナがこれほどまで大きな声を出すのも珍しいだろう。
「動機はなんだ? お嬢ちゃんが聖女様を殺す理由がないのであれば、王太子殿下にだってないだろ?」
「聖女と王太子という関係であればないのかもしれませんが。男と女になればあるのでは?」
ナシオンの言葉にタミオスもぎょっと目を見開く。ナシオンののんべんだらりとした言い方が思い雰囲気をやわらげてはいるものの、それがタミオスの眉間のしわの原因にもなるのだ。
「王太子は聖女に求婚して振られているようです。しかも、聖女からみれば王太子の第一印象は最悪ときたもんだ。それはもう、挽回できないくらいに。それでも王太子はしつこく聖女のもとへ通っていたようですが、聖女はそれを全力で拒否する。だというのに、それが突然、聖女のほうから王城へ向かうようになった。あれだけ王太子を嫌っていたはずなのに、なぜ王城へ行くようになったのか? この心変わり具合もよくわからないのですがね。まあ、二人の関係は交際にまでは発展していないみたいですけど。とにかく、聖女を手に入れたい王太子と、その王太子から逃げたい聖女。そんな男女であれば、もめ事も起こりやすいのではないですか?」
タミオスが額に右手を押しつけて唸っている。
「お前たちは、頭が痛くなるようなことしか言わないな」
「俺が言ったわけではないですよ? カリノちゃんが言ったんですって。王太子は聖女に振られたってね。ですがね、振られてもしつこく言い寄って、その挙げ句に感情が爆発したってこともあるかもしれませんよね? まあ、そんな事件、その辺にもごろごろしているでしょう?」
ナシオンの言ったことが間違いではないのが恐ろしい。
恋人、夫婦関係のもつれから事件が起こるというのは、ここ王都エルメルでも珍しい話しではない。そういった事件の捜査に駆り出されたことだって、何度もある。
「とにかくだ。この件について、俺からはなんも言えねぇ。第一の奴らにも伝えない。だが、お前たちがそれを時間外にやるというのであれば、止めはしない。なにしろ、時間外だからな。俺の管轄外だ」
フィアナはナシオンと顔を見合わせた。
「お前たちの言い分もわかるし、現場から王太子殿下の短剣が出てきたら、事件の内容がひっくり返る。だが、それを俺が主導でやってはいけないんだ。そうなったとたん、この情報部は王国騎士団全部と王族を敵にまわす」
「だけど、俺たちが勝手にやったことであれば、万が一のときには、俺たちだけばっさりと切ればいい。そういうことですね?」
ナシオンが右眉をひくりと動かした。
「すまん。俺には俺の部下を守る義務がある」
「いえ、知っていながらも黙って見過ごしてくれる。これほど心強いものはありません。もしものときは、骨を拾ってください」
フィアナは真っ直ぐにタミオスを見つめる。
「拾いはするが、お前たちの意志は継がないからな。お前たちが骨になれば、この事件の真相は闇に葬り去られるわけだ。だから、真実を明らかにさせたいのであれば、骨になるなよ」
先ほどからタミオスも素直ではない。だけど、その素直ではない言葉が、フィアナには嬉しかった。
間違いなく、カリノは聖女殺しの犯人ではない。
それを信じてくれる仲間がいるのだから。