第四章(6)
「お、おう。二人そろって、どうしたんだ?」
フィアナもナシオンも、怖い顔をしていたのだろう。タミオスが、一瞬、怯んだ。
「お話があります。カリノさんから、凶器と思われる証言を引き出しました」
タミオスは室内をぐるりと見渡してから、顎をしゃくる。ここでは話す内容ではない、別室に移動だと、無言で伝えている。
「では、小一で」
小一とは第一小会議室を指す。各会議室は、魔石を用いて声が漏れないようにされている。小会議室は、五人も入ればいっぱいになってしまうような、狭い部屋だった。
「それで? あの嬢ちゃんが何を言ったんだ?」
椅子を引いて座るやいなや、タミオスが切り出した。
「凶器は、アルテール王太子殿下の短剣である、と」
「はぁ?」
フィアナが伝えれば、タミオスは素っ頓狂な声を出す。魔石がなければ、その声は司令室にまで響き渡るのではないかと思えるほどの。
「いやいやいや、ちょっと待て。なぜ、そこにアルテール王太子殿下が出てくる?」
「それは、わかりませんが……とにかく、その短剣が聖女殺害の凶器として使われたようなのです」
「で? その凶器はどこにある」
「それを第一に探してもらいたいのですが……」
腕を組んで、せいいっぱい背もたれに身体を預けたタミオスは、天井を見上げた。それから、犬のようにぶるぶると顔を左右に振る。
「駄目だ……あいつらには、そんなこと言えない……」
「駄目ってどういうことですか?」
フィアナがバンと机を叩いて身を乗り出した。
「相手は、アルテール王太子殿下だ。つまり、それは王太子が犯人だと、そう言っているようなものだろう? 俺らはまだしも、第一や近衛は王族の腰巾着だ」
チッとナシオンが舌打ちをする。
王国騎士団。その名のとおり、国に忠誠を誓う騎士団だ。国の中心に王族がいるのだから、もちろんそこへも忠誠を誓う。
彼らが黒といえば、白いものも黒にする。そう教え込まれている。
公正でありながら、不正がはびこっている組織なのだ。国民のためにと言いながら、結局は王族のための組織。
だが情報部だけは、他国の諜報活動も行うことから、そういった考えに染められていない部分もあった。
「第一の奴らは、十日も待たずにして嬢ちゃんを王城へ移送するようだ」
「ですが、カリノさんは犯人ではありません。聖女様を殺した犯人は別にいます」
「そう思う根拠はなんだ?」
「それは……」
そうであってほしいというフィアナの願望かもしれない。勘と言い切ってしまってもいいが、勘のどこかにも希望が含まれている。
「わかりませんが、だけど、彼女に聖女様を殺すことはできません。相手は聖女様ですよ? 魔石のような存在で、神聖力を使えると言われている……それに、彼女一人で首の切断などできるとお考えですか?」
「つまり、共犯者がいると言いたいのか?」
「もしかしたら、誰かをかばっているのか……」
「その誰かが、アルテール王太子殿下だと?」
流れ的にはそう考えるのが自然だろう。だけど彼女は、アルテールを嫌っている。
「例えばですけど」
そう切り出したナシオンの声は、ほかの二人よりもずいぶんと明るい。
「相手は王太子ですからね。カリノちゃんが脅されているとか、そういうこともありませんかね?」
「どういうことだ?」
タミオスが目を細くして、じろりとナシオンを見やった。
「王太子が聖女を殺したところに、たまたま幼い巫女が現れて。焦った王太子は巫女を脅した、とかね? 俺の代わりに聖女を殺したと自首してこい、とか?」
「おいおい、ナシオン。脅すというのは、相手の弱みを握るから成り立つもので、通りすがりの巫女に脅されるような材料があるのか?」
「あるでしょ」
さも当たり前のようなナシオンの言葉に、フィアナも目を丸くした。
「大聖堂の巫女。この存在だけで、十分に脅しの材料になりますよ。ほかの巫女に手を出す、大聖堂への援助を打ち切る、などなど。彼らの考えそうなことではありませんか?」