第一章(2)
魔石とは魔力と呼ばれる力を閉じ込めた石のことで、その魔石を用いた道具は魔道具とも呼ばれている。それらは容易に火を起こしたり、お湯を沸かしたり、水を浄化したりすることができ、生活するうえでなくてはならないもの。
つまり、聖女は魔石がなくても、火を起こしたり湯を沸かしたり水を浄化したりできるのだ。
そういった神聖力を使える聖女が、たった十三歳の巫女に殺された。しかも、無残に胴体と頭部を切り離されて。
「フィアナ。これから、話を聞きにいくのか?」
会議が終わったところで、フィアナ・フラシスは一人の男から声をかけられた。
振り返れば、同じ部署に所属するナシオンがかすかに口元をゆるめてフィアナを見下ろしている。さらさらと揺れる金色の髪に深い森を思わせる深緑の瞳。すっきりとした鼻筋に、色香漂う唇。左目の下の泣きぼくろが、妙な妖艶さを醸し出す。この美貌を使って老若男女から情報を搾り取るのが、目の前のナシオン・ソレダーという男なのだ。
このようなときでも、貴公子の笑みをくずさずにいるのだから、そこだけは尊敬に値する。
「はい。相手が十三歳の少女とのことで、部長が私に目をつけました」
肩にかかる濡れ羽色の髪をパサリと払いのけて、フィアナは答えた。
フィアナは騎士団の中でも情報部に属する。情報部とはその名のとおり、情報を取り扱う部門。諜報活動も情報部の騎士が行うため、騎士でありながら騎士服を身につけなくてもいい部署の一つである。
今日のフィアナが担当するのは、聖女を殺したと自首してきた少女カリノの取り調べだった。
「かわいそうだよな。分所のやつも」
ナシオンはアロンに同情しているのだろう。朝から聖女の生首など見せられたら、誰だって気が滅入る。
「そうですね」と、フィアナも落ち葉のような茶色の目を瞬かせて答えた。
「あ、ナシオンさん。できれば記録係として同席していただきたいのですが、可能でしょうか」
「ああ、もちろん。俺と君は、コンビだろ?」
こういった事件が起こった場合、騎士は常に二人一組で行動する。フィアナの相手はナシオンだった。
フィアナはそんなナシオンと肩を並べて取調室へと向かう。肩を並べてといっても、フィアナは小柄であるため、ナシオンの肩と同じくらいの位置に頭がある。
無機質な階段を下り、取り調べ室を目指す。
入り口にいた見張りの騎士に目配せをしてから、フィアナは中に入った。
鉄製の重い扉を開けると、茶色の髪を二つの三つ編みに結んでいる少女の姿があった。椅子にちょこんと腰掛けている様子は、年相応に見える。血に汚れていた服は、簡素なワンピースに着替えられていた。
そういえば、フィアナが本部にやって来たときに、管理部の同期の人間が、服がどうのこうのと言いながら外へ出ていったような気がする。
「こんにちは」
フィアナは少女に向かって声をかけた。
テーブルの一点を見つめていた少女は、ゆっくりと顔をあげる。吸い込まれそうなほどの深い海のような青い瞳が印象的だ。
「……こんにちは。お姉さんも騎士様?」
カリノがそう尋ねたのは、フィアナが騎士服を着ていないかだろう。
「そうです。こう見えても騎士団に所属する騎士です。これから、カリノさんからお話をうかがいたいのですが」
「はい。わたしが聖女様を殺しました。だからわたしを処刑してください」
後ろに控えていたナシオンから、動揺した様子が伝わってきた。彼にはチラリと視線を向け、もう一つの椅子に座るようにと顎でしゃくる。
「今すぐ処刑にはできません。どうしてカリノさんが聖女様を殺したのか。理由をきちんと確認しなければなりません。そしてなによりも、本当に聖女様を殺したのはカリノさんなのか、というのを確かめなければなりません」