第四章(2)
アルテールの言葉からわかるように、大聖堂側と王族の仲がよいとはいいきれない。ただ、ファーデン国は太陽神ファデルが建国に尽力を尽くした国であるため、王族関係者たちも太陽神ファデルをないがしろにするわけではない。ファデル神を信仰しながらも、大聖堂に反発しているだけなのだ。
その関係を、フィアナはもちろん把握している。だからアルテールがラクリーアに求婚した裏には、何が隠されているのかを見極めたかった。
「早速ですが、お話を伺ってもよろしいでしょうか」
「しかし、王族と大聖堂側の関係は君も把握しているだろう? つかず離れず。必要最小限しか付き合わない。そういった関係だ」
「はい。ただ、王太子殿下が聖女ラクリーア様に求婚されたというお話を伺ったものですから、そちらの真偽を確かめに参りました」
「ほほぅ」
アルテールの顔色が変わった。
「まあ、いいだろう。ここまでくれば隠すようなことはないからな。あぁ、私は聖女ラクリーアに求婚した。それが何か問題でも?」
「いえ。問題はありません。事実かどうかを確認したかっただけですので。つまり、求婚は実際にあったと」
「だけどね。残念ながら、向こうに受け入れてもらえなかったんだ。だから、婚約にはいたっていないよ」
そう言ったアルテールは肩をすくめておどけてみせる。
「この私を振るとは、聖女も見る目がないよね?」
どう返事をすれば正解なのか、フィアナにはまったくわからない。隣のナシオンをゆるりと見やれば、うんうんと頷いているから「そうですね」と小さく声に出した。
「ところで、殿下はなぜ聖女ラクリーア様に求婚を?」
目下のところ、それが謎だった。
今さらながら、王族と大聖堂のつながりを太くしたいと考えるわけでもないだろう。
「なぜ? なぜと聞かれると難しいな。だが、彼女に惹かれる何かがあったとだけ答えておこうかな。あまり、人の色恋沙汰を追求するものではないよ。私のように傷心を抱く男のことは、そっとしておいたほうがいい。君が慰めてくれるならまだしも」
「それは、失礼いたしました」
フィアナは素直に頭を下げる。この男も非常にやりづらい相手だ。その身分はもちろんのこと、こちらを探るような形で話をのらりくらりと交わしている。
「では、形式として質問させていただきます」
つまりこれから質問する内容は、騎士団情報部として決まりきったやり方なのですと、遠回しに伝えたつもりだが。
「君たち騎士団も大変だね。私には何もやましいことがないからね。気がすむまで質問してくれ。だけど、心の傷がやっと塞がり始めたところだからね。それをえぐらないように頼むよ。ただでさえ聖女が亡くなったと聞いて、こう見えてもショックを受けているんだ」
そうは見えない。だからこそ「こう見えて」なのだろう。
「では、質問させていただきます。三日前の夜から朝方にかけて、殿下はどちらにおりましたか?」
「どこ? その時間は寝室で眠っていたよ」
「それを証明してくれる人はおりますか?」
「控えの間に侍従は控えていたが……」
つまり、同じ部屋には誰もいなかったということになる。こうなれば、アルテールがずっと自室で眠っていたという証明にはならない。隣室にいた侍従の目を盗み、自室から抜け出すことも可能だろう。
「そのときの侍従からも話を聞くかい? 私が朝までぐっすり眠っていたことを証明してくれるかと思うが?」
「では、あとでお話を伺わせてください」
フィアナの言葉にアルテールは鷹揚に頷く。
「ところで、聖女ラクリーア様と最後に会ったのはいつですか?」
「う~ん、いつだったかなぁ? 一ヶ月くらい前だったかもしれない」
「最近は、あまりお会いになられていないのですね?」
聖騎士イアンの話によると、はじめはアルテールがラクリーアを訪れていたが、大聖堂にいる巫女たちが騒ぐからと、ラクリーアが王城に足を運ぶようになった。それでも、最近まで、ほんの十日前にもラクリーアは王城を訪れたと言っていた。