第三章(8)
キアロはカリノに向けていた視線を、慌ててラクリーアに向けた。
「だって、カリノのお兄様なんですもの。聖騎士見習いとして大聖堂にいらっしゃるのであれば、会ってみたいと思うでしょう? まして、年も同じと聞けばなおのこと」
そこでラクリーアの表情が曇ったように見える。
カリノはそんなラクリーアを励ますためにも話題を変える。
「わたしも、ファデル神に祈りを捧げていたら、ラクリーア様のように神聖力が使えるようになりますか?」
幼い巫女たちにとって、神聖力を手に入れ、聖女になるというのは、一種の憧れでもある。
「どうでしょう?」
首を傾げたラクリーアの目が陰った。
「カリノはまだ幼いですから、ほかの巫女たちの言うことをしっかり聞いて、なんでも自分でこなせるようになりなさい。まずはそこからです」
聖女になれるかどうか、という話をはぐらかされてしまったような気がする。
だけど、カリノはしっかりと感じた。これは拒絶だ。これ以上、この話題に触れてはいけないというラクリーアからのけん制なのだ。
沈黙が落ちた。
いつも、ラクリーアとはどのような話をしていたのだろうか。話題を考えてみるものの、間にキアロがいるためその距離が遠く感じる。
「キアロさんも、あの戦争がきっかけでこちらに来られたと、カリノから聞きました」
「はい。僕とカリノは、聖女様に声をかけていいただいたのがきっかけです」
「カリノにも言ったのですけれど。あのときは、たくさんの子どもたちに声をかけたので、キアロさんのことをすっかりと失念しておりました。申し訳ありません」
「いえ。僕たちは、聖女様に感謝しておりますから。こうやって不自由なく暮らせているのも、聖女様のおかげです」
キアロの明るい声に反して、ラクリーアの表情は沈んでいく。
「もしかしてわたくしも、誰かに話を聞いてもらいたいのかも知れませんね」
そう言ったラクリーアは、ぽつぽつと自身の過去について語り始めた。
きっと幼いカリノだけではラクリーアもそれを口にはしなかっただろう。同い年で、聖騎士見習いのキアロがいたから、話そうという気持ちになったのだ。
ラクリーアの話は、カリノも想像していなかった意外なものだった。
彼女が大聖堂に来た理由。そして彼女がここでは珍しい髪の色をしていた理由。
「ラクリーア様は、ご家族のところに戻りたいとは思わないのですか?」
話をお聞き終えたカリノは、自然とそう尋ねていた。
「どうなのかしら? わたくしのことなんて、向こうもきっと忘れているわ……」
キアロの向こう側に見えるラクリーアの横顔は、どこか遠くを見つめている。やはり家族を思い出しているのだろう。
カリノは手を伸ばしてラクリーアの手を掴んだ。間に挟まれているキアロは、身を縮めている。
「わたしがラクリーア様の家族になります。わたしには、家族がお兄ちゃんしかいないから……。ここにいるこの時間だけでも、ラクリーア様と家族になります」
「まぁ」
ぱっとラクリーアの顔がほころんだ。
「嬉しいです、カリノ。そうなりますと、カリノはわたくしの妹かしら?」
それがカリノの望む結果だ。
「キアロさんんは、わたくしのお兄様? それとも弟?」
なぜかキアロが不機嫌そうにムッとした。
「それは詳しく審議する必要があるかと思います。なにしろ僕たちは同じ年ですから」
「では、どちらの誕生日が早いかで決めましょう」
だからこうやって、カリノの夢は少しずつ叶うのだ。
ラクリーアとキアロと、そしてカリノ。少しずつ家族が増えていくのだと思っていた。