第三章(7)
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なぜか満月の日になると、心がざわざわして眠れなくなる。
それはきっと、両親を失ったのが満月の日だったから。っかもしれない。
秘密の抜け穴を通って、敷地内から外へと出る。この抜け穴を知っている者はどれだけいるのだろう。人が踏み固めた様子もあるから、ここを知っているのは少なくともカリノ一人だけではない。
いつものように川辺へ向かって歩く。
カリノにとっては、こうやって川の音を聞くだけでも心は落ち着くのだ。一日中、何かの仕事をしているような巫女たちは、夜はぐっすりと身体を休めたいと思うのも事実。
そう思っても、休めないときもある。
「あっ……」
いつもの場所にラクリーアの姿があった。川岸の大きな石の上に腰をおろし、川の流れを眺めている。だけど、その隣にはいつもいない人物がいた。
「お兄ちゃん……」
「カリノ。遅かったじゃないか」
カリノの声にキアロもラクリーアも振り返る。
夜だというのに、空から降り注ぐ月光によって二人の表情ははっきりと見えた。
「こんばんは。カリノ」
「こんばんは。ラクリーア様」
「キアロさんは、カリノのお兄様でしたのね。カリノが来るまで、一緒に待っておりました」
満月の夜。河原。そして秘密の抜け穴。
これらをキアロに伝えたのはカリノ自身だ。
遠くから見えた二人の後ろ姿。
この状況を望んでいたのもカリノ自身である。
「メッサが眠ったのを確認してから出てきたので、遅くなりました」
同室のメッサは、一度、寝入ってしまうと朝までぐっすりと眠りこける体質だ。だから、カリノも自分のベッドにちょっと細工をして(人が眠っているように、掛布をこんもりとさせて)から、部屋を出てきたのだ。万が一に備えて。
カリノはキアロの隣に座る。
今日も静かに川は流れている。水面は付きの明かりを受け、きらきらと輝いていた。
この川は、故郷にまでつながっている。そこから、さらに流れて海へと出るのだ。
「お兄ちゃんは、ラクリーア様とどのようなお話をしていたの?」
「カリノの話だよ。僕たちの共通点は、今のところカリノしかいないからね」
自分がいない場所で話題にされるというのは、恥ずかしいものがある。
「お兄ちゃん。ラクリーア様に変なことを言わないでよ」
「変なこと? 変なことって何? カリノが川にうつる月が美味しそうだと言って、じゃぼじゃぼと川に入ったこととか?」
「あぁ……」
それは黙っていてほしい話だ。よりによって、ラクリーアには知られたくなかった。
まん丸い月がふかふかのパンのように見えて、それが川の表面に映り込んでいたのだ。空には手が届かないけれど、川には届きそうだと思って水の中に入った。だが、川に入ったとたん、浅い場所にある石の上で滑って尻餅をつき、びしょ濡れになって終わっただけという、そんな情けない思い出がある。カリノがまだ五歳くらいのときの話。
「お兄ちゃん、ひどい」
「カリノは昔からかわいらしい子だったのですね。今でも、十分にかわいらしいですけれども」
ラクリーアはころころと楽しそうに笑う。月光が、よりいっそう彼女を輝かせたようにも見えた。
こうやってラクリーアと話をするようになって、カリノは寂しさを紛らわせていた。満月の夜に家族を失ったやるせなさを、満月の夜にラクリーアと会うことで埋めていたのだ。
だからカリノにとって、ラクリーアは姉のような存在だと、恐れ多くも思っていた。
だけど姉のようであって姉ではないというのも理解しているし、それでも姉であってほしいという願望もあった。
「それにしても、カリノが聖女様と知り合いだったなんて、驚いたよ」
キアロから見ればそうなるのだろう。いや、キアロだけではない。ほかの巫女たちも、カリノがこうやって満月の日に、ラクリーアと密会していることなど知らないのだ。
「ラクリーア様が、お兄ちゃんに会いたいとおっしゃったの」
「えぇ?」