第三章(5)
「いいえ、ありません。無理なようでしたら帰りますが」
「いえ。問題ありません。あなたが来たら通すようにと言われておりましたので」
ナシオンが肩をすくめた。何か言いたそうだが、フィアナはそれを視線で制した。
まるで、イアンはすべてを見透かしているかのよう。それがひしひしと感じられた。
大聖堂のエントランスに入り、待ち合わせ用の場所で所在なさげに立っていると、向こう側からイアンがやってきた。白い騎士服を身にまとい、大聖堂に使える聖騎士として一目でわかるいで立ちだ。
イアンの姿が見えた途端、ナシオンに対抗意識が芽生えたのがわかった。ナシオンが、そのような感情を抱くのは珍しい。やはり彼は、聖職者側の人間が好きではないのだろう。
「今日も来たのですね」
「はい。今日はイアンさんからお話を聞きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ええ、問題ありませんよ。庭園にお茶とお菓子を用意させましょう。いや、この天気なら談話室のほうがよさそうですね」
「いえ。そういった気遣いは不要です。こちらは仕事で来ておりますから。昨日と同じ場所でかまいません」
ふむ、と考える仕草すら洗練されており、真っ白な衣装がよく似合っている。
「では、応接室に案内しましょう」
「ありがとうございます」
フィアナは事務的に頭を下げ、イアンの後ろをついていく。もちろん、隣にはナシオンがいる。
案内された部屋は、昨日とは違って華やかな部屋だった。白地の壁紙には、金色で小さな花が描かれている。促されたソファもとっしりとしておりワイン色が部屋に映える。
「それで、どういったお話を聞きたいのですか?」
長い足を組みながら威圧的に問うてきたが、イアンの目はナシオンを捕らえていた。
「はい。単刀直入にお尋ねします。聖女様が、アルテール王太子殿下に求婚されたというのは事実ですか?」
薄ら笑いを浮かべたまま、イアンはフィアナに顔を向けた。
「どこからそういったお話を?」
「それが私たちの仕事ですから」
「なるほど。そうでしたね」
やはりアルテールがラクリーアに求婚したという話は事実なのだ。
「詳しく聞いてもよろしいですか? アルテール殿下と聖女様の関係を」
「詳しくも何も。その通りです。どうやらアルテール殿下は、ラクリーア様に懸想されたようで。急に結婚したいと言い出したのです」
「大聖堂側と王族側で話し合って決めた内容ではない、ということですか?」
そうです、とイアンは首を縦に振った。
「ご存知かもしれませんが、巫女や聖騎士たちの結婚は禁止されておりません。ですが、聖女様となればまた別です。何よりも、我々にはない神聖力を持っておりますからね。その神聖力を、王族側は取り込みたいのだろうと」
「聖女様は、その求婚を受け入れるつもりでいたのですか? 相手が王太子殿下であれば、憧れを抱く女性は一定数いるわけですから」
「あなたもその一人ですか?」
「え?」
フィアナが声をあげるのと同時に、ナシオンの身体がピクリと小さく揺れた。だが、彼は何事もなかったかのような表情を浮かべている。
「失礼しました。揶揄いすぎましたね。ですが、聖女様もあなたと同じような気持ちです。アルテール殿下にはまったく興味がなかったのです。それに聖女様は、この国を案じておりましたから、聖女としての役目を全うしたいと、そう願っていたのです」
そこでイアンの表情が一気に曇った。
「だというのに、志半ばで命が失われ、どれだけ無念か……」