第三章(3)
「誰がというわけではありません。キアロさんが聖女様の専属護衛騎士にという話もあったと。しかし、まだ年齢も十九歳と若く、教皇や枢機卿がお認めにならなかったとお聞きしました」
「あの人たちは……いえ、失礼しました。兄が行方不明と聞いて、少し動揺してしまいました。兄にそういったありがたい話があったのも事実です。ですが、残念ながらその役は他の聖騎士の方になったようです。そういったありがたいお話もあったから、兄と聖女様の仲がよろしいと、皆、勘違いなさったのかもしれませんね」
いっときはカリノの目に宿った強い感情が、いつの間にか消え去っていた。
子どもでありながら、気持ちの制御がよくできている。
「もしかして、聖女様との仲のよい者は、聖女様を殺した犯人として疑われているのですか? これほどまでわたしが殺したと主張しているにもかかわらず」
「そういうわけではありません。私たちはさまざまな関係者から話を聞き、そこから真実を見極めるのが仕事なのです。だから、どんな些細なことでもお話していただけると助かります。カリノさんは誰かをかばっているのですか?」
「いいえ。かばうも何も。わたしが聖女様を殺した。殺したかったら殺した。ただ、それだけです」
また、振り出しに戻ってしまったようだ。
だがここでカリノがニヤリと不気味に口角をあげる。
「ですが、聖女様と仲がよかった人物を探しているのであれば、一番、大事な方を忘れておりませんか? 一昨日から一度もその方の名前が話題にあがっていないんですよね。それが不思議で仕方ありませんでした」
聖女と縁のある人物は、大聖堂関係者ではないのだろうか。教皇、枢機卿、巫女、そして聖騎士。その他に親しくしていた人物がいるとでもいうのか。
「アルテール王太子殿下が聖女様に求婚されたと、そういった話は伝わっておりませんか?」
またナシオンが反応を示す。フィアナの視界の片隅に入るような斜め後方にいるから、少し動けばわかる。
「残念ながら、そういった話は騎士団には伝わってきておりません。大聖堂側では、誰もが知っている事実でしょうか?」
「さあ、どうでしょう? 他の人が知っているかどうかなんて、わたしにはわかりません」
つまり、大聖堂側が正式に発表した話ではないということだ。
そこでカリノは姿勢を崩す。
「騎士様、ごめんなさい。少し、疲れてしまいました」
「そうですね。今日は長くしゃべりすぎたようです」
ナシオンに目配せをして、今日はここまでだと訴える。彼もそれに同意し、席を立った。
「騎士様。また、お話をしてくださいますか?」
「はい。またお話を聞かせてください。今日は、部屋まで送りますね」
「わたし、逃げも隠れもしませんよ。自分で罪を認めておりますから。心配性なんですね」
その言葉に、フィアナは返事をしなかった。
カリノを送ってから司令室に戻ると、今日は珍しく自席にタミオスがいた。
「部長」
いつも大きな声で名を呼ばれる側のフィアナだが、今日は負けじとタミオスを呼ぶ。
「そんなに大きな声を出さなくても聞こえてる」
しっしっと犬でも払うかのような仕草を見せるタミオスに、フィアナはずんずんと近づいていく。もちろん、二歩後ろにはナシオンの姿がある。
「フィアナ。この時間は、あの子の取り調べじゃないのか?」
壁にかかる時計をわざとらしく見たタミオスは、肩をすくめた。それは「お前でもダメだったのか」とでも言いたげに見て取れた。
「今日の分は終わりました。ですが、彼女が一つだけ、情報をくれたのです」
「……なんだ?」