第二章(6)
そこまで考えたとき、ナシオンが「ほらよ」と紅茶の入ったカップを差し出した。
「ありがとうございます」
「何、一人で百面相してるんだよ」
「え? そんな変な顔、してました?」
「してた。可愛い顔が台なしだな」
ナシオンの指がフィアナの頬をふにっとつねる。
「あ、ちょっと。やめてください」
その手をパシンと叩き落とした。
「フィアナには悩んでる顔は似合わないよ。もっとこう、余裕しゃくしゃくじゃないとな。で? 何をそんなに悩んでるんだ? 俺では力になれない?」
ナシオンのこういう距離の詰め方がずるいのだ。
「そうですね……」
そこでフィアナは喉の渇きを潤すかのように、紅茶を飲んだ。
「うっ……濃いですね……」
思っていたより渋めの紅茶だった。昨日も彼からもらった紅茶が渋かったのを思い出した。
「頭がすっきりするだろ?」
「そうですね……ナシオンさん。これ、見てもらえますか?」
先ほど、簡単に書き出したカリノの動きである。
「どう考えても、暗闇の中でカリノさんが聖女様を殺す必要があるんです。ですが、そんな暗闇の中、カリノさんのような女性が一人で聖女様を殺して、切り刻むなんて可能でしょうか?」
「そうだな。まず、暗闇なんていうのは、魔道ランプさえ使えば解決するだろ?」
魔道ランプ。その名の通り、暗闇を照らす魔道具のことだ。
「殺害現場は、大聖堂から少し離れた川沿いの原っぱだよな?」
「カリノさんの証言によりますと、そのようですね。そこの近くの川底から、首切断のために使われた斧が出てきたので、間違いないでしょう」
「そこで少しだけ魔道ランプが光ったとしても、他の者は気づかないだろうな」
さらに魔道ランプには、光の強さを調節できる機能があったはず。
それに真夜中に川沿いまで出歩くような者もいないだろう。目撃証言など期待できない。
「となれば、カリノさんが使用した魔道ランプがどこかにあるわけですよね? それを第一は見つけているのでしょうか?」
「あ~、どうだろうな」
そこでナシオンは、今朝の捜査会議で配布された資料を、パラパラとめくる。
「おお。見事に見つけていないね。今のところ、首切断の斧だけだって。凶器も見つからない。ランプも見つからない。これで彼女を犯人にというのは、いくら自供があったとしても厳しいな」
「ですよね……」
フィアナは腕を組んで、椅子の背もたれに身体を預けた。
「う~~~~ん」
唸っていると、また「フィアナ」と大きな声で名を呼ばれた。
やはり、その声の主はタミオスだった。
「はい」
手を挙げて立ち上がると、目が合った。ずんずんと彼は勢いよく近づいてくる。
「フィアナ。明日は容疑者の取り調べを担当してくれ」
「あれ? カリノさんは他の人間が担当になったのではないのですか? 私は第一の代わりに巫女の担当だと思っていたのですが」
「それがな……」
そこでタミオスは、ガシガシと頭をかいた。
「お前じゃないと、しゃべらないってさ」
意味がわからず、フィアナは小首を傾げる。
「容疑者。担当を昨日の人にしろと、騒いだらしい。そうしないと、何も喋らないってさ」
「フィアナは巫女にもてるんだな」
ナシオンが茶々を入れた。
カリノも巫女ということを考えれば、その言葉も間違ってはいない。
「承知しました。これからですか?」
「いや、今日は一度、話を聞いたからな。明日以降だ」
取り調べと称して話を聞くのは、一日一回とされている。それは容疑者の心身負担を考えてのことだが、この一回に時間制限はない。
話を聞く側の人は変わっても、話をする側はずっと一人のままという手法すら許されている。
しかし今回は、カリノの年齢を考慮して、そういったふざけたような手法は使わないのだろう。あれがいい方法ではないことをフィアナもナシオンもよく理解しているつもりだ。あれは、昔の人間が好むやり方。