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~飛べない竜~ 2

ある時までは──。


「ぼ、僕をどうする気だ?」

たじろぎながらも、グランはどうにか口を開いた。

「別に──? ただ、死んだ魚みたいに仰向けに倒れてたから、観察してただけだ」

竜は興味深げに少しだけ目を細める。

「闇が付きまとっているな……」

元々竜は人間とは比較にならないほど感覚が優れている。

抽象的だが的確に言い当てられてしまう。

「何をそんなに恐れている──?」

「僕が何に恐れようと、僕の勝手だ。放っておいてくれ」

強い生き物である竜は恐れとは無縁だ。

抽象的な恐怖について語ったところで、理解してもらえるなんて到底思えない。

「お前、なかなか面白い奴だな」

後ろの大木に体を預けながらゆっくりと立ち上がる。

どうにか立てる程度にまでは回復してきたようだ。

「僕には“グラン”って立派な名前が有るんだ。気安くお前なんて呼ばないでくれ」

お前だの、面白いだの、失礼な奴だ。

「そうか、悪かったな。俺はレギオンだ。よろしくな、グラン」

そう言うとレギオンは右前足をグランの前に差し出す。

「……?」

「人間の挨拶だ。握手ってのをするんだろ?」

「あ、あぁ……」

言われるままに右手を差し出し、竜の前足を握り返す。

ゴツゴツした鱗に尖った爪。

気をつけて握らなければ怪我をしてしまいそうだ。

「本当に手を握るのが挨拶なんだな。変な挨拶だ……」

「だったら──竜の挨拶ってどんなだよ?」

興味半分、口ごたえ半分で竜に突っかかった、その刹那──

レギオンは長い体をくねらせ、器用にグランに巻きついた。

「う……あ……」

あまりの事に口が回らない。

ゆっくりと締め上げ──怪我をしない程度で締め付ける力が止まる。

パニックを起こしているグランを見て満足しているのか、レギオンの口調はますます楽しそうになる。

「これが竜の挨拶。長い体をお互いの体に巻きつけ合うんだ……。

ま、人間には絶対真似出来ないと思うけどな」

言い終わるとレギオンはグランの体から離れた。

「……正直、喰われるんじゃないかと思ったよ」

「あぁ……俺は人間喰わねぇから安心しろよ」


──竜が人間を食べるようになったのはいつの頃からか……。


どんな理由があったのか、それがいつの頃からなのか。

何一つ詳しいことは解っていない。

ただ、あるとき竜騎士を喰ったドラゴンに変化がおきたのだ。

すなわち、竜騎士を背に乗せなければ飛べなかった竜が、わずかな間だが、単独で飛べるようになったのだ。

ドラゴン達の間に衝撃が走った。

人間を──竜騎士を喰えば自由に空を飛び回ることができる──。

空は竜にとって絶対と言っても過言ではない。

かくして、空の為なら人間を貪り食う事を厭わないと感じるドラゴンと。

長い間かけて築き上げてきた人間との関係を大切にしたいと感じるドラゴンに二分した。

元々、竜の血は清く済んだ青い血だったが、人間の血肉を喰らった竜の血は人間と同じ赤く濁った色になる。

そのことから人間を無差別にむさぼり喰うドラゴンを『レッド・ブラッド』人間とともに歩む道を選んだドラゴンを『ブルー・ブラッド』と呼んで区別するようになった。

人間を食べないレギオンは『ブルー・ブラッド』なのだろう。

「じゃぁ、竜騎士を探してる?」

「そうだな……竜騎士を探して旅をしているが……思い返せばずいぶん遠くまで来たもんだ……」

レギオンが首を巡らし遙か彼方に遠い目を向ける。

故郷を思い起こしているのだろうか――?

「せっかく来たところ残念だけど、この辺は小さな村しかないから、あんまり人間はいないよ」

「大きな街にはそれだけたくさんの竜が集まるからな……結局競争率はどこも同じさ。

それに、飛べなくたってこんなに遠くまで歩いてこれたんだ。人間に比べればそれほど不自由ではないさ」

レギオンは肩を竦めると小さく笑う。

それにつられてグランも笑った。

「不思議な奴だな……さっきまであんなに俺のことを怖がってたのに――」

「レギオンが『レッド・ブラッド』じゃ無いってわかったからね……」

小さい頃から長老に『レッド・ブラッド』は危険だと聞かされていた。

だから、相手が『レッド・ブラッド』で無いとわかった途端に自然と恐怖が消えた。

「俺のこと、怖くないのか?」

レギオンが顔を近づけて来た。彼の蒼い瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚える。

「何で?」

「人間とドラゴンは違う生き物だ。所詮、種族の壁というものが存在する」

過去に苦い経験でもあったのだろうか。レギオンの顔に暗い陰が落ちている。

「壁なんてさ。作ろうと思えば人間同士でも作れる……逆に、なくそうと思えば種族の壁だってなくせるんじゃないかな?

……それにさ、そもそも僕は竜を見る事すら初めてだから……種族間の壁なんて考えたこともなかったよ」

むしろ、人間以外に知り合いが出来たと、誇れる事なんじゃないかな。

「――で、種族の壁さえ乗り越えてしまうグランは何をそんなに恐れている?」

レギオンの興味はやはりそこにあるようだ。

「外の世界に広がる闇」

――多分僕は『それ』を恐れているんだと思う。

「外にあこがれているのに……外に出るのが怖いんだ……」

自分でもよくわからないが、今度は素直に言葉が出てきた。

レギオンの事を少しだけ信頼したから……だろうか?

「同じだな……」

ぽつりと。レギオンが呟いた。

「──え?」

「外の世界に出れないお前と、大空へ飛び立てない俺……」

レギオンが悲しげな目を抜けるような青空へと向ける。

……やっぱり空に憧れてるんだ……。竜は空に恋焦がれる生き物──。

「試してみる?」

──咄嗟に。口が開いていた。

「ん?」

レギオンが空に向けていた頭をグランの方に向ける。

「もし、僕が竜騎士なら──」


──キミを大空へ飛び立たせてあげる事ができる──。


しばらく僕の顔を見つめていたが、突然レギオンが笑い出した。

「随分と腰抜けの竜騎士サマだけどな……」

「なっ……」

真面目に応えるんじゃなかった──。そう、グランが思い始めたとき。

「でも……」


――おまえが竜騎士なら悪くないな。


ポツリと呟くと、レギオンは身を屈め、グランの前に長々と横たわる。

突然、漆黒の鱗と、柔らかな純白の翼のコントラストが美しい竜の広い背中が視界一杯に広がった。

漆黒の鱗は太陽の日差しを浴びてまるでダイヤモンドをちりばめたかのようにキラキラと輝き、微かに流れた風が竜の翼を優しく揺らす。

その光景に思わず息を呑み見とれる──。

ずっとこのときを待っていた。何故かそんな思いが心の底からこみ上げてくる。

しかしなかなか一歩が踏み出せない。遠い昔にあった何か。


──僕もいつか……立派な竜騎士になれるかな……?


微かに。遠い記憶が蘇る。多分。遥か昔に僕は竜騎士に憧れていたんだ。

忘れかけていた熱い思いが蘇り──

「竜が人前で大地に身を投げ出すのは凄ぇ屈辱的な事なんだぞ……早く乗れよ」

痺れを切らしたレギオンが口を開く。

「あぁ……ごめん……」

竜に急かされ、その背に跨ろうとしたその時──。



見るだけで命を奪い取られてしまいそうな、刺すような冷たい眼光に睨みつけられ、

グランは身動き一つ取れなくなってしまった。

怒りに燃えた目は、見るものの恐怖と絶望以外の感情を奪い取る──。

一刻も早くこの恐ろしい視線から逃れたいはずなのに、まるで金縛りにでも遭ったかのように、身動きが取れなくないのだ。

目に見えぬ巨大な手で握りつぶされているような錯覚を覚え、急速に息苦しくなる。

「ちくしょう、やりやがった……竜か!?」

エルウィンが上げた声で、視線の呪縛から解き放たれ、グランはようやく視線から目をそらすことが出来た。

漆黒と深い青が斑に混ざった竜だ。

否。漆黒の竜におびただしい量の竜の青い血が付着しているのだ。

乾いた空気に湿った血の匂いが広がる。

目の前が急激に暗く翳りだす。


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