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~飛べない竜~ 1

過去作品の再掲です。

「────!!」

一瞬。ほんのわずか。大気が震えた。

極限まで圧縮された空気を大槌で叩くような、鈍い低い衝撃。

その衝撃が『自分の乗っている愛竜が致命傷を受けた音』だと誰が気づいただろうか?

王国暦912年。刈り入れ時を前に大地が金色に染まる、豊穣の月。

緩やかに流れる風に乗り、蒼く晴れ渡った大空の天高くで『それ』は起こった。

声にならない悲鳴を上げた竜はすぐに自らの死期を悟り、せめてその背に騎乗している騎士だけでも救おうと最期の力を振り絞って一度羽ばたき──

──それ以外の行動を起こす前に息絶えた。

「アーサディン!」

竜の背に騎乗している騎士が慌てて相棒の名を呼ぶが、もはや竜はそれに応える事は出来なかった。

新緑を思わせる鱗に覆われた竜の逞しい胸部にぽっかりと空いた大穴。

胸部の3割近くを無くしては、強靭な生命力を持つとされているドラゴンでも生きてはいられない。

一瞬遅れて、鮮血を撒き散らしながら竜が墜落する──。

「レオン!」

併走していた別の騎士が視界から消え行く竜とその乗り手に声をかける──。

しかし全てが手遅れだ。

人は自力では空を飛ぶことは出来ない。

レオンと呼ばれた騎士と、もはや動くことのない竜の躯は遥か下界に見える黄金色に輝く大地へと吸い込まれていった──。




パープル・ブラッド ~飛べない竜~




穏やかな日差しが心地よい秋の昼下がり。

グランは長老に頼まれて剥き出しの岩肌が連なる山脈の中腹を登っていた。

「ったく……長老も人使いが荒いよな……」

そう呟きながら後ろを振り返る。

遥か下の方に米粒よりも小さく村の影が見えるのみで、当然ながらその中にいるであろう長老の姿は愚か、

そもそもどれが長老の屋敷なのか、と言う判別も不可能だった。

「……小さいな」

村には教会や宿泊施設、診療所や学校など一通りの施設は揃っているが、いかんせん外の世界と言うものに憧れる年代の少年の心をつなぎとめるにはいささか手狭であった。

それでもグランがこの村を出ないのはいくつか理由があるからだ。

「さぁて、早いトコ仕事済まさないと、病人がばったばった死ぬからなぁ……そうなったら俺も寝覚め悪いし、急ぐか……」

物騒な事を平然と、おまけに対して急いでいる風でもなく呟くとグランは再び山を登り始めた。

大きな街では盛んに薬の研究が行われ、数々の病の特効薬として使われるようになっていたが、いかんせん小さな村だ。

薬の研究や開発はおろか、街から届く薬でさえも不定期的である。

治療にはどうしても天然に生えている薬草に頼る他なかった。

もちろん村で栽培している薬草も有るが、険しい山々に生える薬草はその環境でしか育たない為、村で栽培する事が出来ず、保存もあまり利かない。

そのため、村で元気な若者はたびたび山まで足を運ぶ必要があった。

村で最も身軽なグランはそれだけ人が近づき難い山にも登っていける。最も身軽だと言うことは最も薬草取りがうまいと言うのと同義だ。

村を出られない理由のひとつがそれだ。

「ま、そんなことは言い訳でしかないんだけどな……」

誰に言うでもなく、独りごちる。

別にグランで無ければ取れない薬草がある、と言うわけではない。

現に長老に村にいて欲しいと引き止められたことなんてない。

身寄りのないグランを長老はまるでわが子の用に可愛がってくれた。

「……それも言い訳だよな」

仮に、長老に何か恩返しがしたいのなら、この村だけじゃなく外に出てもできるはずだ。

例えば薬が定期的に村に届けられるように尽力するとか──。

それは多分この村に残るより遥かにみんなに喜ばれるはずだ。

「でも俺はこの村から、出れないんだ……」

理由なんてわからない。

ただ、外の世界へ出るのが怖いのだ。

漠然とした不安と言うのは未知の環境に対して誰しもが抱くものであるが、グランのそれはまるで形を持って押しつぶしてくるかのように感じられる程はっきりとした強い不安──。

いや、むしろ恐怖だ。

「ッ……!」

たまらず膝をついてその場にうずくまってしまう。

想像しただけでこの有様だ。

しばらく体を抱えて震えていたが、より激しい恐怖を感じ、振り返る。


──形を持った闇が押し迫ってくる。


「……くるな!」

必死で自分が生み出した闇を追い払おうとする。

そう。これは自分自身が生み出した幻覚に過ぎないのだ。何も恐れる事はない。頭ではわかっている。

しかし膝をつき、がたがたと震える体を抱きかかえた弱者が何を言ったところで所詮強がりでしかない。


──巨大な闇がグランを一瞥する。


「うっ……」

たったそれだけでグランは自分の心臓が鷲掴みにされている恐怖を感じる。

堪らなく怖い。冷や汗が地面にボタボタと流れ落ちる。

冷たい眼差しをグランに向けたままゆっくりと闇が近づいてくる。

「くるな……」

一度目に比べると弱弱しく呻く。

が、闇が止まる気配は一向にない。

闇が近づいてくるにつれて徐々に足元の感覚が失われてゆく。

まずい。意識を手放してしまいそうだ……。

「止まれ……」

声なんて殆ど出ていない。

闇はもう目と鼻の先だ。もう闇しか見えない。

全てが闇だ。

闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。

気が狂いそうになるほどの闇。

絶望的に天を仰ぐと闇が鋭い爪を大きく振りかぶっているのがかろうじて見えた。


後は覚えていない。


「ん……」

体中が悲鳴を上げる。酷い筋肉痛だ。走り回る事は愚か、しばらくは歩く事さえ困難だろう。

呼吸すら苦痛を伴う。しかしこの痛みは──生きている証拠だ。

ぼんやりとする頭で必死に考える。


──微かに残る闇の残滓。


まだ体が震える。

「気がついたか?」

「あぁ……」

後ろからかけられた声に適当に相槌を打ち──

「誰だっ────痛てっ!!」

勢いよく振り返ろうとして、体中が悲鳴を上げて無様に崩れ落ちる。

「無理はするな」

遥か頭上から投げかけられる声。

人間のものとは思えないほど巨大な影がグランを包む。

「……」

再び言い知れぬ恐怖が押し寄せてくる。

ほんの少しだけ顔を上げると漆黒の鱗に包まれた脚と鋭い爪が目に飛び込んできた。

「……!!」

早く逃げないと──。

グランの想像通りなら今すぐここから逃げなければ──。


──命は無い。


はやる気持ちとは裏腹に、緩慢な動作でゆっくりと後退る。

下がる事で次第に見える範囲が広がる。

鱗に覆われた逞しい脚、同じく黒い鱗に覆われた太くのたうつ尻尾。

全てが桁違いに大きい。

──威圧感に押しつぶされそうだ。

ゆっくり顔を上げると遂に全身が見えた。

前足と後ろ足の生えた偉大な蛇。その表現が最も正鵠を射ている。

体はどんな相手でも絞め殺す事が出来そうなほど太くて長い。

獲物を引き裂くための鋭い牙を備え、捩じれた角も凶器となる。

手は体に比べると小さいが、鋭い爪が鈍く輝いている。

全身が武器のような生き物──。

刺すように冷たく鋭い眼光に輝く光は軽い興味と嘲笑がこめられている。

手足や背中が漆黒の鱗に覆われているのに対して、腹は白い。

そして──背中には大空を自由に飛び回るための鳥のような純白の翼がその存在感を示している。

紛れも無くドラゴンと呼ばれる生き物だ。

後退っていた背中が何かにぶつかる。

振り返ると巨大な大木があり、これ以上下がる事が出来なくなっていた。

「僕は竜騎士じゃないぞ」

「だろうな。竜騎士はもっと勇猛果敢だ」

竜は大して面白くも無さそうに、しかし瞳の奥底に光る好奇心の光を隠し切れずにぶっきらぼうに言い放つ。

どうやらすぐに襲ってくるようなことは無いようだ。

ひょっとすると油断させておいて襲ってくるかもしれない、と考えたが、竜がその気になれば人間一人位、朝飯前に始末してしまえるはずだ。

油断させる事自体が無意味でしかない。

背中の大木を背もたれにしてゆっくりと立ち上がる。

その間、竜から視線をそらす事が出来なかった。


──竜。


遥か昔、あまりにも強大な力を持ち、我が物顔で大空を飛び回っていた彼らは遂に神々の怒りをかってしまう。

神々に羽をもぎ取られた大空の覇者は哀れにも暗く閉ざされた大地に墜とされてしまったのだ。

大空に憧れ、大空こそが生きる喜びだった彼らは嘆き悲しみ、絶望に打ちひしがれては自ら命を絶っていった。

それを見た神が一滴の慈悲を大地に蒔いた。一滴の慈悲はやがて人間と言う生き物になった。

人間は竜に比べるとか弱く、竜にとっては取るに足らぬ存在だ。

神は竜に告げた。

"その背にか弱き人間を乗せ、自らを戒める鎖とせよ"

神のお告げを守り、背中に人間を乗せた竜に不思議と飛翔する力が舞い戻った。

全ての人間が竜を大空へ解き放つ事ができるわけではないが、竜は再び大空へと飛び立つチャンスを得た。

こうして竜は自らを大空の高みへと連れて行ってくれる人間──竜騎士を探すようになった。


嘘か本当かはわからないが、そんな伝承が残っている。

そう。竜と人はともに歩む存在だった。


ある時までは──。


今でこそ虎さん大好き人間ですが、当時はドラゴン大好き人間でした。

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