ダークファンタジー世界なら一山幾らの物語
※死表現あり、注意
人間の命が軽い中世ファンタジー風世界。
人類は世界の脅威、人類の天敵である魔物に対して団結できず、今日も世界のどこかで戦争を起こしている。
そんな世界では、ありふれているだろう悲恋で悲劇のひとつ。
[撤退だ! 退け!退けーーーっ!!]
天幕の外から聞こえてくる自軍が負けた悲鳴と物音を他所に、私は敷き布の上に横たわる傷病兵へ、膝立ちで回復魔法をかけ続けている。
それは別に傷付いた味方を捨て置けないなんてお優しい思想からじゃない。
私だって逃げられるものなら逃げたい。
でもそれが出来ない理由が、私には有る。
明け透けに言ってしまえば、私の身分は奴隷です。
回復魔法が使えるからと強制的に従軍させられ、魔力が有るうちは絞り出せるだけ出して傷病兵を癒し、魔力が尽きたら尽きたで今度は元気な兵の心を慰める命令をされてここに居る。
何があっても。
何があってもそれを続けろと、左の頬に刻まれた奴隷の紋様をつうじて命令されている。
その命令を上書きや破棄されない以上、撤退なんて不可能。
さらに助けを求める声なんて出せやしない。
これも紋様を通じて、受け答え以外の発言を許されていないから。
どれだけ身形がボロボロでも。
どれだけ扱いが悪くて垢塗れの醜い体でも。
どれだけ味方の兵士に八つ当たりの暴行を受けても。
どれだけ泥や口にしたくない物で汚れていても。
助けを求めるなんて上等な行いは許されない。
私自身に回復魔法をかけて癒す事も許されない。
だから私は傷病の治療以外は出来ない。
~~~~~~
どれだけ時間が経っただろう。
痛みに呻く傷病兵の傷をなんとか塞ぎ、あと少しで元気にさせられそうになった頃。
誰かが天幕へ入ってくる音がした。
そして、
「薄汚い帝国の中でも薄汚い奴隷かな? まあ帝国のなら誰でも良いや、死ねよ」
そう無慈悲で事務的な響きがする声とともに。
ずっ
私の胸の中心を貫く様に異物が体に入ってきました。
……体感した事はありませんが、知っています。
陣地の中を歩いている時に味方が捕まえた、身代金で儲けられない捕虜を実験台に指南していたのを見ています。
人間の急所のひとつ、心臓を狙った突きです。
胸を守る骨を避けて、武器を水平にしてひと突き。
これをされたら、たいてい死ぬのです。
心臓を貫かれたと知り、思ったのは痛みではありませんでした。
これでもう、生きていなくて良い。
そんな喜びでした。
「ふんっ」
私を貫いた物が引き抜かれ、その勢いで仰向けになって倒れる。
倒れるのと一緒に沢山の血が出たし、体に上手く力が入らなくなったけど気にしない。
この姿勢なら、私を殺してくれた人の顔が見られる。
剣一本だけを持ち、胸当て、膝当て、肘当て、額当て位しか防具を身に付けていない、兵にしては身軽なその姿。
「その頬の紋様……やっぱりか。 さすが帝国人だけあって、面も薄ぎt――――」
そしてその怒りに染まった顔はまだ私が帝国の奴隷になる前に、住んでいた村での事を思い出すものでした。
私が叱るたびに顔を真っ赤にして、自分は悪くないと言い返してくるあの子に。
「………………え? 垢で酷いけど、まさか…………クラ姉ちゃん?」
そうそう。
クラ姉ちゃん、クラ姉ちゃんって、村でのおとなりの家に住んでたヤンチャ坊主が呼んでいたのを思い出す。
私はクレシアだったのに舌足らずで言えなくて、なんど指摘してもそのまま意地になって呼び続けていて、微笑ましかった。
…………ああ。 血が沢山出たからかな? もう目が見えなくなって、真っ暗だ。
ほんの少し前は聞こえていたはずの耳もだめ。 胸を貫かれてからドクンドクンとうるさかった音は小さくなって、代わりに聞こえる何かの音は耳に入るけど、音の意味が分からなくなってる。
ほら、すぐそばで大きな音が今したのに、それが何か分からない。
こんな死ぬ間際なのに、もう忘れてしまったはずの村の事を、なぜかハッキリ思い出せる。
真っ暗な目なのに、色鮮やかな思い出がハッキリ見える。
あの頃が一番幸せだった。
村の手伝いをして、当時はまだ簡単な回復魔法しか使えなかったけど、見るたびにケガをした年下のヤンチャ坊主を癒していた。
そうやって癒すたびに心配していると叱っても、あの子はそっぽ向いて知らんぷりで、また何度も無茶をして。
叱っていると言うのにあの子はなんだか嬉しそうで、見とがめて拳骨したら「バーカバーカ!」と生意気に叫びながら逃げられて。
その底抜けに元気なヤンチャに、ついつい呆れ笑いして許しちゃったり。
村では回復魔法を使えるのが私だけだったから、他の人にも回復魔法をかけてお礼を言われて……。
ただただ平和で、ただただ穏やかな幸せがあった村での生活。
「なんで生きてんだ? クラ姉ちゃんがなんでこんな所に居るんだよ?」
それが終わったのは、突然だった。
「クラ姉ちゃんは、帝国から来た賊に殺されたはずだろ? なあ」
私を殺してくれた人みたいな、身軽な姿をした帝国の兵士が村を襲った。
家や畑もろとも壊され焼かれて、抵抗する村人は殺されて、力のない村人は私を含めて奴隷として拐った。
お父さんもお母さんも、その時に抵抗して殺された。
私を逃がそうとしてくれたのかも知れないけど、その時には何人もの人に見張られていて、逃げられなかった。
あの時に村にいなかったのは、家族とケンカして森へ飛び出したあのヤンチャ坊主だけだったなあ。
あの子は今でも元気かな?
「オレはクラ姉ちゃんの……村の復讐の為に剣を取って、兵士になったんだよ」
それからは本当に地獄だった……。
私は、私達は平和に静かに村で生きていただけなのに。
それまでの幸せを全て否定する様な出来事の連続。
「オレ…………クラ姉ちゃんがあの頃から大好きだったんだよ」
帝国では回復魔法を使える人が少ないのか、私が休める時なんて全然なくて。
なんど死にたいと思っても、紋様が許してくれず。
「帝国に殺されたと思っていたのに、実は生きていて」
どこにでも連れ回されて。
見せ物みたいに扱われて。
本当に物として扱われて。
「でもオレがここで殺した」
ああ…………。
村が襲われてから、散々な人生だったなぁ。
そんな人生が、やっと終わってくれる事にほっとしてる。
「ごめん。 ごめんよ、クラ姉ちゃん」
最期に、村の生き残りのあのヤンチャ坊主の顔を…………今も生きているなら、せめて最期に見たかったなぁ。
「クラ姉ちゃん! クラ姉ちゃん! 死んじゃやだよ、クラ姉ちゃん!!」
あの子、今も元気でやってるかなぁ……。
元気だといいなぁ…………………………。
※クラ姉ちゃんは出血と心臓の機能停止で酸素が行き渡らず、感覚器が機能不全になって、当のヤンチャ坊主がいたと気付けず逝っております。
~~~~~~
蛇足
クラ姉ちゃん
奴隷になって名前を取り上げられるまでは、クレシアだった。
元ネタは、暮らし安心 から。 回復魔法が使えて傷を治せるなら、生活が安心だろうなと。
過酷な人生に疲れはて、死ねる事に安心して、ヤンチャ坊主の腕の中で逝った。
坊主に抱き上げられていたのだが、もう無くなってしまった感覚では分からなかったので、描写されていない。
なお走馬灯直前に聞こえた大きな音は、ヤンチャ坊主が剣を取り落としたと同時に、膝から崩れ落ちた音。
最期に認識できていなかったとしても、本人すら気付かず過酷な生活で押し潰されてしまった、小さな恋心を抱いた相手に看取られたのは、不幸中の幸いと言えるかもしれない。
村の襲撃から少なくとも7年以上は経っている。
でも暦を知らない人生だったので、クラ姉ちゃんはその辺を語れない。
ヤンチャ坊主
名前は未設定。
本文中に有る通り、クラ姉ちゃんと村の仇討ちとして復讐するべく、帝国と戦う決意をした。
が、実は帝国でクラ姉ちゃんが生かされていたのに、気付かず取り返しがつかない事をしてしまう。
帝国の賊に村を……ってのは、こいつが助けを求めて他の村へ行って、派遣された領主の調査員からの報告で聞いた。
村近辺の賊は、領主により根絶やしにされており、再発しても即対処されている為に祖国の賊である可能性はまず無い。
そしてその村に一番近くて賊が生息している可能性があるのは、帝国。
でも本当の犯人である帝国兵士である証拠は残したくない。
つまり全員の命を賊(盗賊や野盗など)が奪った様に見せる偽装工作がされていた。
この後の坊主の人生は、想像にお任せします。
どこかへ消えたでも、復讐の鬼になるでもご自由に。
クレ姉ちゃんを害した罰は?
あるわけ無いです。
敵国の敵軍が持つ継戦能力を支える回復魔法使いと言う資源を削ったのだから、それは戦績である。
奴隷の身分と言えど、軍に所属しているなら軍人の一部と見なされるので。
他の村の生き残り
生き残りは全員奴隷にされた。
この作品の時点でも、どこかで生きているかも知れないし、死んでいるかも知れない。
傷病兵
捕虜として丁重に扱われ、帝国から身代金が払われなかったのでそのまま亡命。
戦後に新規の村の開拓民として参加した。
クラ姉ちゃんは死んだのに、傷病兵は生還。
世の不条理だが、大抵こんなもの。
なんて書いてる作者が?も?モヤモヤしてます。
帝国
回復魔法持ちを拉致るつもりで村へ派遣した。
このまま戦争で帝国は負けがこみ、10年しない内に崩壊。
最後は複数の周辺国で国土を切り分けられ、各国で分割統治となった。
崩壊後は帝国に奴隷の身分へ無理矢理落とされた人達は解放され、それぞれの土地へ帰れる者は帰った。