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女力士への道  作者: hidekazu
蟠りの中で

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恋と愛と愛憎と・・・⑤

珈琲屋らんぷは大垣競輪の近くにあり駅から徒歩だと二十分ほど離れた場所にある。古民家風の明治時代をイメージしたような店内は梁がむき出しの天井しかり如何にもという作りではあるがクラッシックが流れる店内は時の流れを戻してくれるようなそんな落ち着いた店なのだ。

 

 瞳の前にはドリップで淹れられた「らんぷアメリカブレンド」がピンクのスプリングブロッサムを模したウェッジウッドのカップに注いである。


 時刻は午後七時を回っている。相撲部の稽古は六時までと云うのは知っていたので早くても七時は過ぎるだろうと・・・。


 (稽古を休んで私は何をしてるの大垣まで来て)


 昨日、日間賀島で二人を見かけた事に無性に苛立ちを覚えたが冷静に考えれば二人ともフリーな立場。父も倉橋監督も再婚を望んでいるとは云えそれとてお互いフリーな立場であり約束を交わしているわけでもない。それなのに瞳自身の中で勝手に苛立ち朋美を呼びたすような格好になった。


 浅く焙煎されたブレンドは瞳の苛立を和らげてくれるような軽めの味わい。これがエスプレッソなら逆だっただろう。


「遅くなって・・・」と朋美が声をかけながら瞳の前に座る。ブラックのニットの上にベージュのVネックショートコートに白のテーパードパンツ履き。表情は至って平穏と云うか


「相撲の稽古を終わってなんとか早く来ようと思ったんだけど色々雑用が多くて」

「すいません。いきなり呼び出すような真似をしてしまって」

「いいのよ。あなたが私に聞きたいことは察しがつくから」

「・・・・」

「ちょっとその前に少し軽く食べさせてお腹減っちゃって」と朋美は笑いながら、ブレンドにシナモントーストを注文した。


「稽古はさぼり?」と朋美

「・・・・」瞳は特には答えなかった。


 コーヒーとシナモントーストが運ばれ朋美は無言で食べ始める。熱を加えられたシナモンの香りが鼻に抜ける。フレッシュな赤ワインのような香り。


「何か頼みなさいよ。何も食べてないんでしょ?話長くなりそうだし」

「・・・・」


朋美はプレーンワッフルを注文。


「日間賀島のことでしょ?昨日の今日のことだからだとしたらそれしかないしね」と朋美

「さらっと云うんですね?」瞳は若干厳しい表情で・・・。

「ちょっと意外だわ」

「・・・・」


 朋美が注文したプレーンワッフルが瞳の前に置かれる。


「糖分を頭に入れないと冷静に話はできないよ。食べて」


 瞳はそのプレーンワッフルに手を付けることに少し躊躇したが


「いただきます」と手を合わせナイフとフォークを使い口の中へ。


 店内にはブラームス交響曲第3番 ヘ長調 作品90 第三楽章 Poco allegrettoが流れる。


 朋美は吉瀬瞳に個人的に興味があり調べていくうちに濱田光にたどり着きそこから相撲クラブへ行き話す機会を得てその後接触する機会も何回かあって日間賀島への小旅行は高大校の祝勝祝いで濱田から誘われたことを話した。


「作り話って顔ねぇ」

「私に興味があるってどいう意味ですか?」

「監督があなたになぜ全幅の信頼を置いているのか興味があったのよ。うちのさくらもねぇあなたには信頼を置いている見たいだし」

「普通にやっているだけです」

「私のあなたの印象はどこかビジネスライクと云うかそんな印象だったからあなたと初めて電話でさくらの出稽古の話をした時も・・・でも今日のあなたは違う。表情には出してないけど凄く感情的で・・・それが意外」

「父と寝たんですか」と瞳は唐突に切り出した。


 朋美はコーヒーを啜り一呼吸置くと


「寝たわ。でもそれだけ・・・入れてはくれなかった。唇もねぇ。あなたは信じないでしょうけど」

「・・・・」

「ただ優しく抱いてくれただけ・・・」

「・・・・」


 朋美は淡々とまるで人ごとのように・・・


「倉橋監督に云われたのよ「恋が愛になっても・・・朋美が光と私の間に割って入る余地なんかない」って・・・その時には日間賀島に行く約束はしていたし私も負けず嫌いだから絶対に割って入って恋を愛に変えるって・・・でも愛に変えるどころかひびすら入れることもできなかった」


「・・・・」瞳はテーブルの下で両手で握りこぶしを作っていたが


「初めて会った時に無意識に恋心を抱いてしまっていたのそれがいつの間にか意識するようになって・・・監督の別れた旦那ってことを重々承知の上でもちろんあなたのことも知ったうえでねぇ。それでもなんとかなるんじゃないかって、昨日も帰りに監督から再婚の意志を示さなければいっしょになるつもりはないって云われて、少し私にもチャンスはあるのかなって」


 朋美は冷めたコーヒーを一口啜り


「でもねぇ帰り際にこう云われた。「朋美さんはまだ若いけど先の人生長いようで長くはない。朋美さんに相応しい男性はいくらでもいる。それを見つけることだ。自分の大事な人生を無駄遣いしてはダメだよ」ってその時はあきらめどころか逆にその一瞬は恋愛感情が高ぶった。でも家に帰って時間が経つごとに線香花火のように」


「朋美さん・・・」


「倉橋の壁は厚いと云うか別れて二十年も経っているのに・・・何なんだよ全く。孤高な女って監督のことを皆想っているけど本当は違うのかもそれを一番分かっているのは濱田さんなんでしょ・・・無理だわあの二人の間に入り込む余地なんかない・・・完敗よ」


朋美にとって濱田との一夜は切ないものではなかった負け惜しみではなく。私を受け入れてくれるなんって無理なことぐらいそれを承知で泊まりたいと云ったのだから・・・。でも受け入りてくれたでもそれは恋でも愛でもなく。それは自分の娘のような扱いで・・・。


「もうこれぐらいで勘弁してくれない」と朋美は笑いながら


「諦めるんですか?」


「嫌味な女ねぇ瞳って」


「よく云われます」と瞳は笑いながら


 お互い顔を見合わせながら何を思うのか?


朋美は右腕に巻いてあるセイコー ルキアの文字盤を見る


「八時かぁ・・・もう稽古終わってるかなぁ」

「えっ」

「これから監督に会いに行ったら迷惑かな?」

「朋美さん・・・」

「日曜日は大会だからね。その前に監督を苦悩させてしまっていることは清算しないと・・・」

「私も行きます」

「やめてよ全く。不束な姉が申し訳ありませんとか妹と一緒に行くようなもんでしょ?冗談じゃないわよ」

「私そんなつもりは」

「冗談よ・・・全く。ちょっと監督に電話してみるわある種の博打に近いけど」と云うと朋美は席を立ち外へ。


 「あぁー」と瞳はある意味の緊張感から解放されたような感覚に。


 云い方次第では手を出すつもりだった泥棒猫みたいな女だったら・・・。でも朋美はあくまでも冷静に感情的なことを出してきて自分の想いをぶちまけるのかと・・・でも違った。素直に何も色を付けず素のままにそのことに朋美という一人の女性として心の内に持っている奥ゆかしさを見た。どちらかと云うと生徒達と一緒になっていざとなったら姉御として守るというイメージからすると少し離れているように感じたのだ。


 暫くして朋美が外から帰ってきた。


「金山のマンションに来るようにと云われたわそれと吉瀬と一緒かと」

「えっ」

「まるで私とあなたが会う事を知っているような云い方だったけど?」

(瑞希だなぁ間違いなく!あのお喋り女本当に口が軽いんだから)

「車で送るわ春日井なんだから途中で降ろして監督のマンションに行くから」

「私、電車で帰りますから大垣まで乗せてもらえれば・・・」

「私とは帰れないと?」

「そんなことは」

「じゃ早く行きましょ」


 朋美のレガシィツーリングワゴンは大垣ICから名神を一路春日井ICへ。大型トラックやトレーラーの間を水を得た魚のように走り抜ける。


「高大校の決勝戦であなたなんで勝つ見込みが全くない四つ相撲なんで選択した?あんなことしなかったら西経が優勝したのに?」

「えっ・・・えぇ成り行きで」

「成り行きねぇ?違うでしょ稲倉に回すためにわざと負けたでしょ違う?」

「・・・・」

「図星か全く瞳ってわからないよ。あなたって私情を挟まずあくまでも合理的と云うか無駄な事は一切しないで事にあたるってイメージだけどほんとは違うのよねぇ。監督にそっくりと云うか実にめんどくさい女。ねぇ」

「・・・別に・・・」

「そう云うところもうちょっと表に出したら孤高の女もいいけど」

「私、自分の気持ちを表現するの下手だから」

「ヘタねぇ・・・」


 春日井ICを降り車は駅方面へ


「ファミマの前でいいのよね」

「はい」


 車はファミマの駐車場に止めると二人は車の外へ。


「今日は私の勝手な事で呼び出すようなことになってしまってすいませんでした」と頭を下げる瞳


「気にしないでそもそもその原因は私なんだからさ。今日あなたと色々話ができてよかったわ。吉瀬瞳が監督からも部員からもそれとうちのさくらからも信頼されているのが少しわかった気がする。でも妹にはしたくないなぁ出来のいい妹じゃ私が姉だったらイラついてイラついて」


「今度二人で日帰りでもいいんで旅行に行きませんか?例えば日間賀島とか」


「妹よ。その性格直してからねぇ」


「無理です」と瞳は笑みを浮かべる


「まったくもう・・・今度時間があったら明星の部員達に稽古つけてくれると嬉しいな。業師のあなたのようなタイプはあまりあたったことないし余裕があったら」


「伺ってもいいんですか?」


「勿論よ。そして仕上げに私があなたをボコボコにして終了」


「今の言葉そっくりお返しします」


「云ってくれるじゃない。まぁその日を首を長ーくして待ってるわ。それじゃ次はアマチュア女子相撲の妖怪に納得してもらわないといけないので」と朋美((´∀`))ケラケラ


「消されないように」( ´艸`)


 朋美は車に乗り軽くクラクションを鳴らし駐車場を出て行った。


「私にあんな姉がいたらもっと違う生き方もあったのかな」


 




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